>  > 【読ム】「鶴の恩返し」でわかる民俗学
宇田川敬介の深堀り民俗学

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 「ところ変われば品変わる」ということわざがある。

 たとえば、正月に飾る「門松」という風習。最近は、マンションなどの高層建築で集合住宅になってしまったために、あまり見かけることは少なくなったが、門松といいながらも竹が上に向けて立ててあり、その根元に松の葉があしらってある。しかし、これがなぜ門松という名前なのか不思議に思ったことはないだろうか。

愛知県豊田市の一部では、この門松は違う形になっている。

 この地域では正月に「松明」を挙げて「かがり火」をたく習慣がある。この時のかがり火は「松」であると決められている。愛知県豊田市は徳川家康の出身の地とされており、そのことに関係があるのか、このように「門松」の意味が変わるのである。

このように「ところ変われば品変わる」という言葉の通りに、自分のところの習慣がすべてではない。同じ正月でも、お雑煮の餅の形が違うということなどは、その地域性やその土地にまつわる習慣、そして歴史などによって、異なる習慣があるのだ。

 さて、これは昔話にしても同じことである。

■地域で異なる『鶴の恩返し』のストーリー

 「鶴の恩返し」という昔話は皆さんよくご存じだと思う。一応、「鶴の恩返し」の一般的な話をここでみてみよう。

【一般的な鶴の恩返しのストーリー】
ある日、翁が山から町に薪を売りに行く途中、罠にかかった鶴を助ける。その日の夜、雪の降る老夫婦の家に1人の若い女性が「道身迷った」と言って現れる。不憫に思った老夫婦は、娘を家に泊め、温かい食事でもてなす。雪はなかなかやまず、翌日もその翌日も娘は老夫婦の家に泊まった。娘は、そのまま老夫婦の家に住み着き、老夫婦のことをかいがいしく世話をするようになった。

 そして、ある日娘が「布を織りたいので糸を買ってきてほしい」と頼むので老爺が糸を買って来ると、娘は「絶対に中を覗かないで下さい」と夫婦に言い渡して部屋にこもり、三日三晩不眠不休で布を一反織り終わった。「これを売って、また糸を買ってきて下さい」と彼女が夫婦に託した布は大変美しく、たちまち町で評判となり、高く売れた。老爺が新しく買ってきた糸で、娘は2枚目の布を織り、それはいっそう見事な出来栄えで、さらに高い値段で売れ、老夫婦は裕福になった。3枚目の布を織るときに翁は、「絶対に見てはいけない」という部屋を覗いてしまった。そうすると、鶴が羽を抜いて布を織っていたのだ。驚いている夫婦の前に、織り終えた娘が来て、自分が老爺に助けてもらった鶴だと告白し、「このまま老夫婦の娘でいるつもりだったが、正体を見られたので去らねばならない」と言うと、鶴の姿になり、別れを惜しむ老夫婦に見送られ空へと帰っていった。

■“見てはいけない”に含まれる意味

 さて、この「見てはいけない」という姿を見てしまうのは、古事記の「国生み」の伝説の中にある黄泉の国での伊邪那岐命と伊邪那岐命の再会の場面から来たものである。もともと、女性には何らかの力があり、そのパワーは他人に見られてしまうことによって、失われてしまうということがあげられる。

 つまり、「見られる」ということは、「知られる」ということに通じてしまい、神秘性がなくなることを意味するのである。要するに、「神秘」とは、秘密にされているから力があると信じられていたのである。

 ちなみに、古来から「最も神秘性が高いのは、女性が子供を産むことである」といわれていた。そう考えると、神秘性を失うというのは、まさに「子どもを産む能力を失ってしまう」ということになる。この伝統は、現在も女性が裸を見られることを恥ずかしいと思う感覚として残っているのである。この辺の女性の感覚に関しては、別途お話しすることがあるでしょう。

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コメント

2:匿名2016年12月10日 04:54 | 返信

大阪生まれの大阪育ちやけど、道頓堀に落ちて食べるなんて聞いた事ないわ笑

書いた人のしょーもないネタ。

1:貞子ラブ2015年4月16日 01:29 | 返信

大阪バージョンは可哀想過ぎる、酷い話だ!!

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