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【名画に隠された裏話】

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――絵描で作家・漫画家、旅人でもある小暮満寿雄が世界のアートのコネタ・裏話をお届け!

受け取り拒否をくらった名匠たち

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イラスト:小暮満寿雄

 日本人に大人気のフランス印象派画家・ルノアール(ピエール=オーギュスト・ルノワール1841年-1919年)。その中でもよく知られた「劇場の桟敷席(音楽会にて)」は、つい先日も日本にやってきて丸の内の三菱一号館美術館で公開された名画だ。

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画像は、『A Passion for Renoir: Sterling and Francine Clark Collect, 1916-1951』(Harry N Abrams)より。「劇場の桟敷席(音楽会にて)」

■ルノアールですらダメ出しをくらっていた!?

 ところがこの名画、実は依頼主からダメ出しをされて「受け取り拒否」をされているのをご存じだろうか。

 依頼主はフランス文部省の高官。2人の娘を描いてくれと依頼を受けた作品なのだが、娘たちは完成した絵が気に食わず受け取りを拒否したのである。

 おお、なんともったいない!

 ……などと言うなかれ。今でこそルノアールといえば、印象派の巨匠として1枚の絵に何10億の値段がつく画家だが、この時は名は知られていたとはいえ、まだ30代後半の一介の画家に過ぎなかった。

 身分から見てもフランス文部省の高官と画家では月とスッポン。そもそも肖像画を依頼するような人間は地位もお金もあって、アーチスト以上にわがままなのだ。

 それに、芸術的な価値は別にして、肖像画を依頼したクライアントが、できあがった絵を気に食わないで受け取り拒否をしたというのは、そんな珍しい話ではない。

 肖像画の難しいところは、何より依頼主の満足度が問われるところで、「こんなの私じゃない!」と言われたら、それでおしまいだ。それにしても受け取り拒否とは画料がもらえないことで、これは辛い!(筆者も一度だけ経験があるけど、「受け取れません」と告げられた途端、目の前が真っ暗になりますぞよ)。

 もっとも、この絵が受け取り拒否になった一番の理由というのは、ちょっと別のところにある。

■ルノアールはなぜ受け取り拒否されたのか? ルノアールの意外な性癖!?

 絵の中で着せられている服を、モデルになった娘2人が気に食わなかったのである。「こんなの私じゃない!」というのと似たような理由だが、モデルになった娘たちが絵に描かれてる服を着ていなかったことは間違いない。自分の趣味に合わない服を着て、絵のモデルになる女性などあり得ないからだ。

 どうやらルノアールは自分好みの服を、絵の中で勝手に着せてしまったようだ。

 天下のルノアールにモノ申すのも何だけど、ルノアールの服の趣味というのは、ぼってりして、パーツのデカい服が多く、お世辞にもセンスが良いとは言えないものが少なくない。絵の中では、あの陶磁器のような艶やかな肌を服が最大限に生かしているので気づきにくいが、一緒に絵を見た女性が、「この服、ちょっと人前では着られわよね」と言ってくらいである。

「ルノアールの絵に似てるね」と言われて、どれだけの女性が喜ぶかってことでしょうね。

 それにしても肖像画とはエカキにとって、けっこうな苦役である。

 肖像画は収入の不安定な画家にとって、確かな身入りになる有難いお仕事なのだが、ひとつ間違えると大切なクライアントの地雷を踏みかねない。絵の中身とは違う気苦労をしないといけないわけで、おおむね画家はそんな気づかいが苦手な人間が多いのだ。

■ほかにもあった、受け取り拒否をされた名画

 こちらはナポレオンの戴冠式で有名なルイ・ダヴッドの「レカミエ夫人」も、別の理由で受けとり拒否になった名画だ。

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画像は、Wikipediaより。ルイ・ダヴッドの「レカミエ夫人」

 ジュリエット・レカミエは19世紀サロンの花形となった、「歴史上最も美しい女性」とも賞された人だ。

 美人のわがままは世の常だが、レカミエ夫人はモデルの約束時間におくれたり、時に平気ですっぽかしたりしてダヴィッドを激怒させた。ナポレオンのご指名画家であり、当代第一の人気画家だったダヴィッドも彼女には相当振り回されたのである。

 一説によると、ナポレオンはレカミエ夫人に「私の愛人になってくれ」と、熱烈なアプローチを繰り返していた。彼女には30歳年上の銀行家の夫がいたが、そんなことお構いなしのナポレオンは、振り向いてくれないレカミエ夫人に、贈り物としてダビッドに肖像画を描かせることにしたわけだ。

 だが、そもそも愛人になりたくなければ、最初からモデルにならなければいいわけで、イヤイヤ描いてもらった絵を女性の贈り物にするというのもおかしな話である。夫人を美化するためのエピソードなのか、どうもこの話は腑に落ちない。

 ともかくも絵がもう少し完成というところで、夫人は絵の受け取りを拒否。ダヴィッドの方から降りたという説もあるが、おそらくは両方だろう。気に入らないから受け取りを拒否したレカミエ夫人は、その後、なんとダヴィッドの弟子ジェラールに別の肖像画を依頼し描かせた。「美はパワー」と言うけれど、まさに傍若無人。ナポレオンですらひれ伏させたレカミエ夫人だったから、男が自分の言うことを聞くのは当たり前だったのだろう。

 そのためか、このレカミエ夫人像の不満げな強い眼差しからは、「この私に、これ以上ガマンしろというの?」とでも言っているように見えないこともないのだが……。

 ナポレオンよりずっと年長のダヴィッドは、若い頃のナポレオンに「いつかこの人に自分の絵を描いてもらいたい」と思わせたほどの画家である。未完成となった名画だが、肖像画にクライアントの顔色を伺う必要のなかったダヴィッドでなければ、逆にこの段階までレカミエ夫人の絵を描くことができなかったのかもしれない。私だったら夫人のひと睨みで逃げ出してしまうもの。

■小暮満寿雄(こぐれ・ますお)
1986年多摩美術大学院修了。教員生活を経たのち、1988年よりインド、トルコ、ヨーロッパ方面を周遊。現在は著作や絵画の制作を中心に活動を行い、年に1回ほどのペースで個展を開催している。著書に『堪能ルーヴル―半日で観るヨーロッパ絵画のエッセンス』(まどか出版)、『みなしご王子 インドのアチャールくん』(情報センター出版局)がある。

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