>  > 【森達也インタビュー】「徹底」と「良心」を忘れた日本から出た錆
山本議員・ほこ×たて・特定秘密保護法問題を斬る!

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「メディアは社会の合わせ鏡」と語る森達也氏

 オウム真理教を描いた『A』『A2』などのドキュメンタリー映像作品、そして『オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ 』(角川書店)『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい』(ダイヤモンド社など、作家活動も行う森達也氏(作家・映画監督)に、最近のメディアをめぐる問題について聞いた。

■なぜ、天皇を政治利用してはいけないのか?

――山本太郎議員が園遊会で天皇陛下に手紙を手渡したことが問題になっていますね。

森達也氏(以下、森) 微妙ですね。「天皇の政治利用」と多くの人は言うけれど、政治利用の意味をもっと突き詰めて考えた方がいいと思います。

 そもそもなぜ天皇を政治利用してはいけないのか。アジア太平洋戦争も含めて、天皇の権威が為政者に利用されて戦争などを正当化することに使われたとの理由です。ならば天皇制をなくしてしまえば一番早いのだけど、アメリカは日本を統治するうえで天皇制はあった方がよいと考えた。だから戦争責任は問わない。そして問わないことを正当化するうえでは、戦争には終始反対していたとのストーリーを構築する必要がある。

 つまり、天皇の平和主義が強調されるわけです。

 そして、アメリカが天皇の上に立つためには、現人神であることを否定させねばならない。だから人間宣言を行い、さらに象徴天皇制を憲法に明記した。つまり現状の天皇制はアメリカの意図でもあるわけです。そのストーリーを構築するために悪役が必要になった。つまりA級戦犯です。

 まあ実際に、昭和天皇は戦争に対しては決して積極的ではなかったと思います。でも山本議員の行動を政治利用と批判するならば、2020年の東京オリンピック招致で皇族にスピーチを依頼したことや、今年4月の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」に天皇夫妻をお呼びして「天皇陛下万歳」ってやったことなどの正当性が問われます。

 特に、主権回復の式典については、歴代の政権がこの日の式典を避けてきた理由は、本土が主権回復したこの日は、沖縄の統治権をアメリカに渡した日でもあるからです。当然ながら沖縄の人たちからは反発がある。だから天皇夫妻を壇上に上げた。これはまさしく政治利用です。少なくとも僕には、式典の日の天皇の表情の方が、手紙を渡されたときよりも困惑しているように見えました。

 要するに「政治利用」という言葉が「政治利用」されています。自民党は天皇制を護持しながらA級戦犯が祀られている靖国に参拝し、今度は天皇を国家元首になどと言い出している。まったく一貫性がない。その自民党の政治家たちが政治利用だなどと怒ることの滑稽さを、メディアは指摘すべきです。

■今後増大する天皇タブー

 それに何よりも、利用したとかされていないとか、まるでモノのような言い方は天皇に失礼ですよ。まあいずれにしても憲法には抵触しかねない行為であり、山本議員が浅慮であることも確かです。ただし非礼とか不敬とか、これを包囲する世相の言葉を聞きながら、結局は前提として天皇を特権化しているのだなと実感しました。つまり内なる天皇制です。

 もしも山本議員に懲罰を与えるとか議員辞職させるなどの措置をとるならば、天皇タブーは今後もっと強くなりますね。要するに政治利用されることの危険性がさらに増大します。

 今回おもしろかったのが、手紙を渡しているその瞬間を伝えるために、天皇の手がアップになった写真が盛んにメディアで使われたことですね。テレビなどでは暗黙の規制があって、天皇の身体の一部のアップは、通常ならありえない。初めてつくづく天皇の手や爪を間近に見ることができました。

■演出と捏造は違う、ドキュメンタリー製作で問われる“良心”

――「ほこ×たて」(フジテレビ系)の問題はどうですか? 昔はあれぐらいのやらせは普通に行われていたんでしょうか?

 報道が事実であるとの前提でいえば、猿にピアノ線をつけて引っ張ったりとか、ちょっと悪質ですね。

 ただ確かに、ドキュメンタリーの世界では、こうしたことは日常茶飯事でした。有名な話では、牛山純一さんというテレビ・ドキュメンタリーの巨匠が日本テレビの番組で、沖縄の干ばつをテーマにしたドキュメンタリーで、血を抜いてピアノ線でADに引っ張られた牛が力尽きて倒れるというシーンを撮っています。

 実際に牛はばたばたと死んでいたらしい。それを映像でどう表現するかという問題です。ドキュメンタリーは自己申告なんです。問うべきは自分の良心です。それが痛まないのならやればいい。

 もしも今これをやれば大騒ぎになるだろうけれど、これは演出の範囲だと僕は思います。でも、「ほこ×たて」にしても「あるある大事典」にしても、「事実」まで曲げちゃっているわけですから、牛山さんの例とはまったく違いますね。

 要は「視聴率を上げるために」とか、「期限通りに映像を仕上げて納品するために」起きた問題ですよね。民放では制作会社という下請けが番組を作っているので、局が言うことは絶対的なわけです。「うまく撮れなかったから今回は延期にします」なんて言えなくなっているんですね。その構造自体が一番問題だと思います。

 もちろん、ネットによって関わった人たちがいろいろ内幕をばらすようになったことで、ドキュメンタリーがやりづらくなっていることは確かでしょうけどね。

 1995年にオウム真理教の地下鉄サリン事件が起こり、日本の監視社会化が一気に進んだ。阪神・淡路大震災もあった。一方で、1995年にはウィンドウズ95が登場して、インターネットがとても身近なものになった。それらが同じ年に起きたことを考えると、1995年というのは日本にとって大きなターニングポイントになったと思います。
【次ページ:特定秘密保護法案は本当に必要か?】

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コメント

3:匿名2015年1月14日 02:51 | 返信

アメリカが秘密保護法を制定するよう圧力をかけてきた真の理由は日本に対する内政干渉を隠蔽するため。
米国債何百兆円も買い続けろとか、思いやり予算増やせとか、米軍撤退の引越し費用は全部出せとか、日本国民に厖大な負担を強いる理不尽内政干渉を隠蔽したいだけ

2:匿名2015年1月14日 02:49 | 返信

アメリカが秘密保護法を制定するよう圧力をかけてきた真の理由は日本に対する内政干渉を隠蔽するため。
米国債何百兆円も買い続けろとか、思いやり予算増やせとか、米軍撤退の引越し費用は全部出せとか、日本国民に厖大な負担を強いる理不尽内政干渉を隠蔽したいだけ

1:匿名2015年1月14日 02:42 | 返信

日本のメディアは米中の傀儡に成り下がっている

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