>  > ヴァージニア州で起こった悲しきカニバリズム

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形態と色彩、歴史と文化、道徳と非道、男と女……すべての垣根を越えて“美は不朽の正義”のモットーの下、ロンドン在住のゲイボーイ「ジュージー」が世界中の不思議なニュースから、思わず「ビューティフル&おもしろーーい!」と唸った話題をお届けします


■頭部を破壊された14歳の美少女

 米・バージニア州にあるジェームズタウン。この街で、14歳の美しいお嬢さんが、人間に食べられて亡くなった可能性があると、スミソニアン博物館が発表しました。

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※画像:「bbc.co.uk」より

 この画像は、2012年の夏、ジェームズタウンで発掘された頭蓋骨をもとに現代技術で顔を復元したもの。この美少女は、通称ジェーン。研究によると、彼女はイギリス・ケンブリッジ地方出身で、1609年6月にイギリスを旅立ち、船に乗って8月にジェームズタウンに到着したそう。けれども、美少女ジェーンは、何者かに頭部を攻撃され、体を食べられて死んでしまったというの。

 今回はなぜ、このような可憐な少女がカニバリズムの被害にあってしまったのかを紐解いていくわね。


■金銀を目当てにアメリカにわたった英国人殖民団、悲劇はここから始まる

 現代から遡ること約400年。1607年5月14日、ロンドンの実業家たちが作った「バージニア・カンパニー・オブ・ロンドン」社は、新大陸アメリカのバージニア州に眠る金・銀といった自然資源を目当てに、104人の殖民団を送り込んだの。当時の英国国王ジェームズ1世の名にならい、この街は「ジェームズフォート」と名付けられたわ(後に名前が現在のジェームズタウンへと改められる)。

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※画像:wikipediaより

 しかし、寄せ集めの素人集団が我先にとゴールド目当てに行ったものだから、生活の糧となる畜産や畑仕事は二の次と考えていたみたい。また知識も経験も乏しかったため、現地での生産物はほぼなく、食料は現地のアメリカンインディアンとの物々交換や、本国から届く補給を頼りにするという枯渇した状況だったみたい。


■ジェーンがアメリカに上陸

 それから半年後の1608年1月、イギリスから100人の新たな入植者達が補給の食料を持って到着。この際、2人の女性が到着したと記述にあるのだけど、「ジェーン」は含まれていなかった。そして1609年にさらに500人と補給物資が送られたと記録されているので、おそらくこの時、ジェーンはアメリカへ渡ったと思われるわ。

 しかしジェーンが乗っていた巨大船「シー・ベンチャー号」率いる船団は、バミューダ沖で嵐に見舞われてしまったの。そこで、乗組員と補給物資は8隻の船に分乗することを余儀なくされたそうよ。それぞれがジェームズタウンへと向かい、6隻は無事に到着するものの、母船はバミューダ沿岸に暗礁し再起不能。残りの1隻はいずれかへと消えてしまったの(1610年出版の本ですでにバミューダは「魔の海域」と呼ばれていたそうよ)。

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