>  > 麻薬、性病、仲介料…「ブラジルサッカー留学」の暗部

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画像は、『生きるためのサッカー: ブラジル、札幌、神戸 転がるボールを追いかけて』(サウダージ・ブックス)

 サッカー王国ブラジルを舞台に連日熱戦が展開されているW杯。コートジボワールとの大事な初戦を落とした日本は、予選突破へ早くも崖っぷちに立たされた。だが、ベースキャンプ地のイトゥをはじめ、現地では「サムライブルー」への声援は大きい。世界最大規模、150万人ともいわれる日系人社会の存在ゆえだ。今大会ばかりではない。この20年あまりで「奇跡の成長」を遂げたと言われる日本サッカーの飛躍を準備し、牽引してきたのは、まさに日系ブラジル人選手たちだった。そんな彼らの歩みを語り伝える1冊の本がいま話題になっている。

『生きるためのサッカー』(ネルソン松原/サウダージ・ブックス)。1951年にブラジルで生まれ、通算28年にわたって日本サッカーに関わり続ける日系二世のサッカー指導者が語り下ろした自伝である。

 著者は73年に初来日。日本の大学で初めてのブラジル人サッカー留学生として、札幌大学で2年間プレーした。社会人リーグ初の外国人選手だったネルソン吉村、現在は辛口解説者として知られるセルジオ越後らとともに、ブラジル・サッカーを日本へ持ち込んだ第一世代に当たる。88年に指導者として再来日すると、小中高校生から社会人リーグの川崎製鉄、Jリーグのヴィッセル神戸まで、あらゆる世代の選手を指導し、後に日本代表となった選手も数多く育てている。

 同書は「ブラジル、札幌、神戸〜転がるボールを追いかけて」の副題が示すとおり、ボールに導かれて流転した著者の半生記だが、同時に「サッカー」と「移民」を軸にした日本とブラジルの交流史の貴重な証言となっている。


■暗躍する「留学エージェント」

 なかでも興味深いのが、日本からブラジルへのサッカー留学をめぐる裏話。82年に15歳で渡ったカズこと三浦知良が先駆者として知られるが、著者が語るのはその7年前、まだ10歳だった水島武蔵という少年の話だ。

 サッカーの王様ペレが東京で開いたイベントで「上手いな。ブラジルでもやれるよ」と褒められた水島少年は、その一言だけを信じてブラジルのクラブチーム入団を目指し、アテもないまま海を渡ろうとする。たまたま札幌のテレビでそのニュースを見て先行きを案じた著者は、水島少年に連絡を取り、成り行き上、留学のお膳立てに奔走する。

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