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分析心理学の父、カール・グスタフ・ユングは、「シンクロニシティ」という概念を唱えた。一見、関連がないように見える事象が相互につながり合っていることを説いたのだ。メディアを賑わせる凄惨な事件や悲劇的な事故。その現場に残された“遺物”をたどると、忌まわしい記憶と、我々が過ごす平凡な日常をシンクロさせる見えない糸が浮かび上がってくる。事件記者が綴る暗黒のアナザーストーリー「悲劇の現象学」シリーズ


【第14の遺物 シリア拘束とオカルト】

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画像は、イメージ

 千葉市郊外に建つ古ぼけた2階建てアパートの一室。人通りもまばらな寂しい住宅街には鬱屈した空気が充満し、玄関口に突っ込まれた請求書の山が、そこに住む者の荒廃した生活を如実に現わしていた。

 シリア北部アレッポで、イスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」に拘束された湯川遥菜さん(42)。「囚われの人」としてニュースを賑わせている、その人こそが、このアパートの主だ。「民間軍事会社の経営者」を名乗っていた彼だが、その実像は仰々しい肩書とはかけ離れたものだった。

「欧米では、紛争地での警備などを請け負う民間軍事会社はPMCと呼ばれてその存在が広く知られている。湯川さんも、同じような海外のPMC代表を自称していたが、活動実態はほとんどなかった。誇大妄想を膨らませた軍事オタクというのが実際に近い」(大手紙社会部記者)

 アパートの近くには実家があり、年老いた父親と母親が住んでいる。

 その父親が報道陣に明かした湯川さんの半生は、典型的な「ドラ息子」の生き様だった。

「父親の話では、湯川さんは会社勤めの経験もなく、20歳過ぎで習志野市内にミリタリーショップを開業。2000年には常連客の女性と結婚している。千葉市内に2号店をオープンさせるまでに店を広げたが、2004年ごろから経営が苦しくなり、05年には倒産に追い込まれている。残された数千万円単位の借金のほとんどは父親が弁済したようだ」(同)

 事業に失敗した後は夜逃げ同然に姿をくらませて家族とも音信不通になっていた息子について、父親は「世間に迷惑をかけて申し訳ない」と繰り返していたという。

 千葉県内には6歳年上の兄がいるというが、「父親は報道陣に『孫が受験を控えており、取材は遠慮してほしい』と懇願。その一方で、湯川さんについては通っていた高校名さえ覚えていなかった」(先の記者)。

■湯川氏が生きていた「もうひとつの人生」


 家族の中では鬼っ子のような存在になっていた湯川さん。10年には、妻を肺がんで亡くし、自殺未遂も図った。流浪の生活を送っている間には、名前を変えてインターネットの世界で空想の中の「もうひとつの人生」を生きていた。

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