>  >  > 「フィンドホーン財団」創設者の仰天エピソード

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 昨今の日本では、先の見えない不安定な生活に直面した人々や、食の安全性を意識した人々の間で、農業や自給自足的生活への関心が高まりつつある。すでに長野県の山奥などには、そのような暮らしを実践する人々のグループも存在しているようだ。そしてこの「新しい時代」の生き方を模索する者同士による共同生活体の元祖ともいうべき存在が、英国スコットランドにあるニューエイジ・コミュニティ「フィンドホーン財団」である。

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共同生活する人々「Findhorn Foundation」より

 いまや国連と連携する世界的NGO団体として、スピリチュアルな生を実践する人々の間では最も知られた存在となっている「フィンドホーン財団」だが、これまで数々の紆余曲折や思想的変節を経てきたことはあまり知られていない。魔術結社や心霊団体と関わり、UFO団体を標榜していた時期さえあるのだ。今回は、財団設立の経緯を解説するとともに、それにまつわる興味深いエピソードのいくつかを紹介しよう。


■財団の起源

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ピーター・キャディ(上)、トレーラー・ハウス(下)
「Findhorn Foundation」より

「フィンドホーン財団」の起源は1962年、路頭に迷ったキャディ一家5人と盟友ドロシー・マクリーンの計6人が、スコットランド北部・フィンドホーンの村はずれにあるキャラバン・パークに辿り着き、一軒のトレーラー・ハウスで暮らし始めたことにある。ちなみにそこは、かの有名なネス湖近辺でもある。

 日々の食料にも困っていた彼らは、寒冷地の荒れ果てた砂地で作物の有機栽培を始めた。ところが、それが信じられないほど大きく育ったことから、いつしか彼らの周囲に人が集まり、一種のコミュニティへと発展したのだ。高名な農業専門家たちによる調査も、謎の豊作の原因を突き止めることはできなかった。


■ピーター・キャディの生い立ちと、生涯の師との出会い

 キャディ一家の主であるピーター・キャディは、幼少期より、父親に連れられて地元の心霊サークルに出入りしていた。そして高校卒業後、大手仕出し会社の社員となったピーターは、「クロトナ薔薇十字団」という秘教団体にも加入している。この団体には、現代魔術の新潮流「ウィッカ」の創始者ジェラルド・ガードナーも加入していた。

 第二次世界大戦が始まると、ピーターは食料調達関係の将校としてビルマに赴任。戦後はインドにも勤務したが、一時帰国した際、電車内で偶然シーナ・ゴゥヴァンと出会う。このシーナ・ゴゥヴァンという女性は、新興宗教団体「フェイス・ミッション」の指導者で、ピーターと出会うなり「これは神からのメッセージである」として、彼に当時の妻と離婚して自分と結婚するよう命じた。こうしてピーターは、師であり妻となったシーナ・ゴゥヴァンに従う身となった。その後、ピーターがイラクに赴任することになると、シーナは神の啓示に基づき自ら別れを切り出すことになるが、師弟としての関係はその後も続いていた。

コメント

1:匿名2016年2月27日 13:13 | 返信

ずいぶんと悪く聞こえるように書いていますね。彼らの考え方を理解した上で書くべきだし、客観的ではありません。

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