>  >  > 【日本怪事件】くすんだ無実と黙秘の女

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深笛義也

――日本で実際に起きたショッキングな事件、オカルト事件、B級事件、未解決事件など、前代未聞の【怪事件】を隔週で紹介する…!

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credit:stuart anthony/from Flickr CC BY 2.0

【今回の事件 札幌男児誘拐殺人事件】

 事件で起訴されると、日本では第一審で有罪となる率は99.98パーセント。世界一だ。その中には、不当に罪を着せられた者もいて、上級審や再審で無罪となる場合もある。その際に、裁判所の前で支援者が掲げる、白地に黒々と書かれた「無罪」の文字は輝かしく見える。

 だが一方で、数少ない無罪判決の中には、とても輝かしいとは言えない、くすんだ「無罪」もある。それが、これから紹介する不可思議な事件だ。


■9歳の児童が行方不明に

 昭和59年1月10日、北海道札幌市豊平区。事件は発端からして、奇妙であった。朝食の準備をしていた城丸家にかかってきた電話の受話器を取ったのは、小学4年生の秀德君(当時9歳)。彼は家族に取り次ぐこともなく、自分で受け答えして、電話を切った。

「借りたものを返しに出掛ける」

 そう言って秀德君は長靴を履き、小雪のちらつく外へと出ていった。それが、家族の見た秀德君の最後の姿となった。

 城丸家から100メートルほど離れたアパートに秀德君が入って行ったという目撃証言があり、警察が聞き込みをかける。そこに住む工藤加寿子(当時29歳)は、秀德君が訪ねて来たことを認めたが、「隣家と間違って来たから、その家を教えてあげた」とのことだった。だが、秀德君はその隣家を訪ねてはいない。その後に出てきた目撃証言としては、その夜、加寿子が大きな段ボール箱をソリで運び車に乗せた、というものもあった。

 北海道警は公開捜査に踏み切ったが、秀德君の行方はようとして知れなかった。

 同月の26日、加寿子は同じ区内の別のアパートに引っ越した。同時期に生活保護を申請している。


■全焼した自宅から謎の人骨が見つかる

 加寿子は昭和30年に北海道浦河郡浦河町で生まれ、中学卒業後は登別温泉のホテルの販売店員として勤務。19歳から、熱海、神戸、横浜、東京を点々としながら、ホステスとして働いていた。昭和57年に結婚したが1年で破綻。長女を引き取って札幌に移った。秀德君が行方不明になる3カ月前までは、ススキノでホステスをしていたが、借金が1000万円以上あったという。

 昭和61年、加寿子は見合いをして2度目の結婚。再婚相手は道南の樺戸郡新十津川町で、農業を営む男性に嫁いだ。農業は手伝わないという条件下で結婚したため、加寿子はよくパチンコをして過ごした。

 そして昭和62年12月30日未明、自宅が火事で全焼。夫が焼死体で見つかる。加寿子は娘とともに無事だったが、深夜の火事なのに、整った身なりをしていた。家から119番通報しなかっただけでなく、隣家を通り越し、300メートルも先の家に助けを求めている。そして、預金通帳や生命保険の証書などは、全て持ち出していた。夫は1億9000万円の生命保険に入っていたのだ。その半年後、焼け残った納屋から、ビニール袋に入った人骨が見つかった。

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