>  >  > 絶対に忘れてはいけない子殺し事件3!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント0
関連キーワード:

深笛義也

childmurder.jpg
credit:Krisztina Tordai/from Flickr CC BY 2.0

 親が子どもを殺す。これほど痛ましいことはない。子殺しの事件は、今年に入ってからだけでも5件以上が起きている。だが、ろくに報道されることもなく、すぐに忘れ去られてしまう。

「いたずらを注意したが聞かなかったから」
「言うことを聞かず、泣きやまなかったのでやった」
「イライラして払いのけた」

 これは、加害者となった親たちの言葉。たったこれだけの理由で、殴ったり首を絞めたりして命を奪ってしまう。橋の上から、子どもを川に落とした母親もいた。

「食べ物の好き嫌いが激しかったから死んだのではないか」

 食事を与えずに、3歳の娘を餓死させた19歳の母親は、そう弁明した。もちろん子育ての大変さは、経験した者でなければわからないだろう。育児に疲れ果てて、子どもとともに無理心中を遂げた例も少なくない。

 親が子を殺める現場に、派手さはない。周囲の遺族も早く忘れたいと願う。そんなことから、報道も先細りになっていくのだろう。無残な死を遂げる子どもを1人でも減らすためにも、これから紹介する子殺しの事件に目を通して頂けたらと思う。


【1、目黒5才児窒息ゴミ袋殺害】

 東京・目黒の高級住宅街、碑文谷。中でもひときわ目立つ3階建ての豪邸には、白いイタリア製の高級車が停まっていた。近所でも有名な豪邸には、夫婦と母親、13歳、3人の男の子と長女との7人が暮らしていた。

 事件が起きたのは平成24年9月2日。正午頃、夫が異変に気づいた。2階のリビングで、三男の滉史くん(5歳)が、頭と足から2枚のゴミ袋をかぶせられているのを発見したのだ。袋は粘着テープでつなぎ合わされており、滉史くんは窒息状態でぐったりしていた。すぐに病院に搬送されたが、3日後、低酸素脳症で死亡した。

 発端は事件前日の1日夜。子どもたちが遊んだおもちゃを片づけないことを、母親の重田史都(しづ、当時41歳)が叱り、ニンテンドーDSを取り上げてゴミ袋に捨てた。そして、かねてから睡眠障害に悩まされていた史都は、睡眠剤1錠と焼酎の水割りを1杯飲んで眠りについた。朝までに2度、目が覚めると、そのつど睡眠剤を服用した。

 翌2日の午前11時ごろ、史都が目を覚ますと「おかあ、DS」と言って滉史くんがすがってきた。長男と次男は手のかからない子どもだったが、滉史くんは活発でやんちゃ、聞き分けのないところも目立った。かねてから、史都はしつけに悩んでいたのだ。

「息をするのと、DSやるの、どっちがいい?」

 史都は滉史くんに聞く。すると、滉史くんは答えた。

「DSするほうがいい」

 息を吸うことが大切であるということを伝えたい。そう考えた史都は、滉史くんの手足をビニールひもで縛ったうえ、目や口に粘着テープを貼った。その上に、ごみ袋を、頭からと足から、2枚かぶせて、粘着テープでつなぎあわせた。

 そうすると史都は、再び睡眠薬の効果で眠り込んでしまったのだ。ぐったりした滉史くんを発見した夫の通報で、救急車とともに警察もやってきて史都は逮捕された。

  長野県で生まれ育った史都は、県で一、二を争う名門高校へと進学。東京大学を目指すが不合格に終わる。有名私立大学には合格していたが、「それじゃあ意味がない」と専門学校に進学していた。

 夫は、飲食店や宅配弁当を手がけ、年商70億円に迫る会社の経営者。史都も子育てしながら、家で経理を手伝っていた。平成25年10月3日、東京地裁での裁判員裁判で、史都への判決公判があった。田辺三保子裁判長は「犯行は非常に悪質」と指摘しつつ、夫の会社の仕事と並行し、家事と4人の育児を独りで担うなかで、夫がうつ病を発症し、体も心も追い詰められていたと配慮を示し、懲役3年保護観察付き執行猶予5年(求刑懲役4年)の判決を言い渡した。

関連キーワード

コメントする

お名前
コメント
画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。

18歳未満閲覧禁止

ここから先のコンテンツには、過激でグロテスクな表現と画像が含まれます。そういったものが苦手な方は、強い精神的不快感を覚える可能性があるため閲覧はお控えください。また、18歳未満の方の閲覧を禁止いたします。閲覧される方は必ず各自の責任を持ってご覧下さい。

閲覧しますか?