>  >  > 人間の魔性が現れる、保険金殺人3選!!

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深笛義也

――日本で実際に起きたショッキングな事件、オカルト事件、B級事件、未解決事件など、前代未聞の【怪事件】を隔週で紹介する…!

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※イメージ画像:Thinkstockより

 殺人の中でも特に、「保険金殺人」には人間の魔性が現れるのではないだろうか。もちろん、どんな場合でも殺人は許されるものではないが、憎悪する相手に刃を突き立てて逮捕されるなら、まだ人間的だ。しかし保険金殺人の場合、まず対象となるのは家族や会社の従業員など、苦楽をともにしてきたはずの人間だ。緻密に計画を立て殺害を敢行した後は、身近な者を喪った者として悲しみにくれる演技をし、平然と保険金を受け取る──。

 実は、日本では保険金殺人は、なかなか発覚しない。先進国の中で、日本は法医学分野が極めて貧弱なのだ。アメリカでは(州によって違いはあるが)、法医学の知識もあり捜査権もある監察医が現場に訪れ、遺体を見る。日本では指定された大学の法医学教室で司法解剖が行われるが、実施されるのは、“変死”とされたごく一部の遺体にすぎない。保険金殺人でよく使われる「青酸カリ、トリカブト、サリチル酸」など、どれも死体を見ただけでは判別不可能なのにもかかわらず、被害者が心筋梗塞などと診断され、そのまま埋葬されてしまうことも少なくない。ニュースなどを見ていてもわかることだが、保険金殺人が騒がれるのは、その人物の周囲に4人も5人も死者が出てからだ。

 今回は、保険金殺人の3例を紹介しよう。

◆CASE1『実の父親による計画的犯行』

「小さい頃は自分をかわいがってくれたので、いつかは同じようにかわいがってくれる」

 今中正夫(事件当時、57)から殺されることになる娘の今中陽子さん(事件当時、20)は、そう話し、自分につらく当たる父に寄り添おうとしていた。

 事件が起きたのは昭和61年。その14年前に今中正夫は離婚し、2人の娘を引き取った。陽子さんが次女である。

 だが正夫は7、8年の間に34回も転職を重ね、働かない時期も長かった。そんな環境の中、長女は高校を卒業し、就職した。だが、陽子さんは非行に走り、高校を中退してしまう。昭和57年、陽子さんはパチンコ店で働きながら一人暮らしをしていたが、正夫は店に現れては、毎月5万円ほどを無心していた。

 正夫が陽子さんを生命保険に入れたのが、昭和58年だ。それから正夫は陽子さんにアイロンで殴りつけたりする暴行を7度も行い、彼女は入院するほどの怪我を負った。

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※イメージ画像:Thinkstockより

 これを知って長女は、父親の手の届かない場所に逃げるよう、陽子さんに勧めた。しかしこれを、陽子さんは「父の面倒は、自分が一生見る」と断った。

 陽子さんは、非行に走った過去を恥じていた。またこの時、結婚を誓った恋人がいたという。自分が頑張って父親を正道に戻すのが、娘としての務めと考えたのだ。

 だが正夫は、刑務所から出所したばかりの、松田と吉松という2人の窃盗のプロ犯罪者と知り合ったことで、保険金殺人の計画を推し進める。

 普通の殺し方なら2,000万円、交通事故に見せかけたら3,000万円という報酬で、正夫は2人に娘の殺人を依頼する。交通事故死なら、自動車賠償責任保険で2,000万円出るからだ。

 陽子さんはパチンコ店の勤務を終えると、歩いて10数分ほどの婚約者の住む寮に行くのが日課だった。その間は人通りも多く、交通事故に見せかけるのは難しい。

 昭和61年6月、松田と吉松は寮近くの路上で陽子さんを襲い、野球バットで撲殺し逃走した。正夫はその頃、アリバイ作りのために、自宅近くの飲食店でビールを飲んでいた。

 正夫の元妻や長女は、通夜や葬儀中、「お父さんがやったんだ」と話していたという。

 警察が粘り強い捜査を行い、無関係であるはずの陽子さんの住所を記した松田のメモを発見。その後、自供によってすべてが露見した。昭和62年、3人は逮捕された。

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