>  >  > シノラーブームを生み出した篠原ともえの変遷

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平田宏利

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篠原ともえ

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※イメージ画像:『ゼクシィPremier No.6 WINTER 2015』/リクルートホールディングス

 篠原ともえがデビュー20周年を受け、『篠原ともえ&シノラー展』を開催した。篠原は、1990年代後半に、原色の奇抜なファッションを身にまとい、大物芸能人相手にも物怖じしない暴走キャラでバラエティ番組にひっぱりだことなった。

 また当時、彼女の格好を模した“シノラー”と呼ばれるファッションブームも起こった。同時期に歌手の安室奈美恵を模したファッションが“アムラー”と呼ばれたことを受けてのものだ。

 篠原ともえが知られるきっかけとなったのは『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』、『LOVELOVEあいしてる』(ともにフジテレビ系)をはじめとする音楽バラエティ番組での出演だ。現在、タレント、女優、デザインとマルチに活躍する当時の彼女の肩書はミュージシャンだったのだ。

 プロデュースを務めたのは電気グルーヴの石野卓球である。石野が彼女を選んだ理由が「どうやってもこの子とは男女の関係にならなさそうだから」というエピソードもある。確かに、篠原は当時、現役女子高生であったが、アイドル的な扱いではなく、性の匂いはしなかった。

 そんな篠原のキャラクターがガラリと変わるのが、1997年12月発売の6thシングル『ココロノウサギ』だろう。たかの友梨ビューティークリニックのCMソングとして使われた静かなバラードソングだ。録音は一発撮りで行われ、かすれ声などもそのまま収録されている。18歳のありのままの姿が感じられる。

『ココロノウサギ』のPVでは、ランドセルを背負い、うさぎの格好をした彼女に次いで、制服姿の彼女も登場する。校庭で微笑む姿、机で眠る姿などは、実際の高校生活の姿だ。カメラマンは10代の女性写真家として活躍していたHIROMIX。現在は、過去と比べて「美人になった」「雰囲気・キャラがかわった」「劣化しない」など、その容姿やたたずまいを絶賛されることも増えた彼女だが、実はこの頃からその片鱗は見えていたのかもしれない。

 活動20年を機に、篠原ともえと90年代サブカルチャーの軌跡に目を向けてみるのもいいだろう。
(文=平田宏利)

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