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【国際暗黒プロデューサー康芳夫 インタビューシリーズ 第6回/全6回】

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家畜人ヤプー 第一巻 (幻冬舎アウトロー文庫) [Kindle版]』(幻冬舎)

 さて、康芳夫という稀代の“虚業家”がかつての日本を翻弄してきたのはこれまでの対話からも容易にわかるだろう。

 しかし、長年のブランクをうち破った康芳夫は、中島哲也監督作の映画『渇き』で、77歳にして俳優デビュー。メルマガ『家畜人ヤプー通信』の発行人として、再び表舞台に上がり始めている。小説現代の連載名物コラム「酒中日記」も映画化され、南伸坊と共演DVDを発売中だ。

 ではなぜ、今、彼がこのデジタル化された表現規制の時代に、『家畜人ヤプー』を引っ提げて再登場したのだろうか。


■『家畜人ヤプー』とは?

『家畜人ヤプー』は、1956年(昭和31年)に、当時のマニアから絶大な人気を誇ったSM雑誌の先駆け『奇譚クラブ』の史上にて発表された小説である。

『奇譚クラブ』での連載終了後にも、澁澤龍彦責任編集・康芳夫発行人の『血と薔薇』に掲載された。三島由紀夫を筆頭推薦者として、年出版社から刊行され、以来45年。康芳夫が全権代理人を務めている壮大なSM小説である。さまざまな出版社から出された単行本として加筆が加えられ、完結をみた壮大な変態SF小説なのである。

 また、作者の沼正三という存在が誰なのか? ということが諸説入り乱れて議論を呼んだエポックメイキングな作品としても知られている。そして現在、その作品に関する全権を託されているのが、康芳夫なのである。まさに康芳夫的な、虚実の判別もつかない一大プロジェクトが、今も康芳夫の元で蠢いているのである。

「『家畜人ヤプー』っていうのは大変なテーマですよ。白人対黄色人種、その間に黒人がいるわけだから」

 同作で描かれる近未来の世界は、白人女性を頂点とした女性主権の社会で、半人間の隷属層である黒人の遙か下、“ヤプー”と呼ばれる家畜として最下層に日本人は存在する。白人女性に仕える悦びを持った“家畜人”こそが、日本人なのである。

「要するに、日本民族が徹底的に白人の性的な奴隷になるわけですよ。そこには皇族までが入ってくる。それでね、いまの右翼が襲ってこないことが不思議でしょうがないんですよ。文庫を最初に幻冬舎で出してから15年以上が経つけど、太田出版から出すというワンクッションを置いて、見城くんの幻冬舎で出したの。で、その時ね、見城くんだって“康さん、こっち大丈夫でしょうか?”って聞くの。だから僕は“全然大丈夫だ”って言いましたけどね、僕は45年前に右翼に襲われて、それも自分で仕掛けたんだなんて言われてるけど、当時はそれなりに大変でしたよ。だからいま何も言われないのが一番不思議なんですよ。これこそ不勉強だと思う」

――右翼の不勉強だと(笑)。

「そういうこと(笑)。僕は騒ぎになってくれた方がおもしろいのに……」

――今は行動右翼などと言われてる人たちが多く活動している社会だと言われていますけどね。

「行動右翼なんていうけど、勉強してないよね。『家畜人ヤプー』の名前も知らないでしょう。一水会の木村(三浩)さんとか、あの辺の人はさすがに読んでいたと思うけどね」

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コメント

1:和田2015年8月 7日 13:48 | 返信

イスラム国志願兵と特攻隊員のメンタリティの違い。重要な問です。多くの特攻隊員は農村共同体的な共同意識に束縛され、外部からの強制を受け入れたと思います。一部の特攻兵は日本浪漫派風に血縁擬制序列構造(中外と大和民族内の血縁的差別と同居する民族内の血縁的抱き込み)の系譜的レジテマシー正統の正当性根拠を理屈(ドグマ正統性を含む)や合理的正当性ではなく、系譜的正統にかかる思想周辺の情緒及び行動を美的なものと評価する感覚に求めた。つまり得手勝手な美的感覚がドグマ正統や合理的正当性に代位した。 他方、イスラム国志願兵は個の境遇への不満と怨嗟を深部の根拠としつつも、一方の後進国ナショナリズム・他方の一神教イスラムというアジア的又は封建的農業共同体とは異なる古代連合の系譜を引くネットワーク型共同性という二つのメンタリティーを持っている。特攻隊員は自ら個を滅却=処刑したか個を系譜的正統性に没入又は憑依した。これらはより原始的な自然に平伏し自然に祭祀王を重ね合わせるメンタリティーだ。

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