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画像は、BLUE'S MAGAZINE #02/感電社より

 あなたは「BLUE'S MAGAZINE(ブルーズマガジン)」というフリーマガジンを知っているだろうか。土木建築系総合カルチャーマガジンと銘打ち、豪華な連載陣が文化に敏感な人の間で話題になっている。現在はヴィレッジヴァンガードやディスクユニオン、都内の理容店などで手に入る。

 今回は編集長の雨森諭司、主筆の石丸元章にその成り立ちから舞台裏までを語ってもらった。


■労働現場からの発信はニュージャーナリズムそのものだ

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左が編集長の雨森氏、右が石丸氏

――まずはブルーズマガジンを発刊された経緯を教えてもらえますか。

石丸 我々感電社の社主は、水道工事会社を経営している柳さんという方なんです。彼はその会社を一代で立ち上げた人物で、自分に雑誌を作りたいと連絡をしてきた。その昔、柳さんは高円寺でパンクスをやりながら肉体労働をしていたんです。労働現場でのストーリー、印象に残る風景などが文章化されたり、写真になったりしていない。現場の空気感を発表するメディアを作りたい。そう考えていた青年と自分がTwitterで出会いました。

 青年が考えていたことはニュージャーナリズムそのものなんです。自分たちのことを自分たちの言葉と視点で書く。そこに共鳴しました。

雨森 そもそもの始まりはネット、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)だったんです。

石丸 ニュージャーナリズムはSNSに非常に近い。また、スマホのカメラというのはニュージャーナリズムそのものです。もし1960年代の終わり、カリフォルニア大学バークレー校にスマホがあったら、全員がその現場を一斉に撮っていますよ。「これこそがニュージャーナリズム」ってね。

雨森 Twitter、Facebookやホームページなどでも俺たちのトータルの暮らしが見えてくるのが感電社。ブルーズマガジンはその中であくまでも雑誌の形を取ったモデルという位置づけです。

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BLUE'S MAGAZINE #00 創刊準備号 巻頭特集/感電社

――フリーマガジンというのは他では見ないですね。

石丸 フリーというのに挑戦してみたかったんです。日本では99年に起こったITバブル以降に出てきたもの、mixi、Google、Facebookはほぼフリーサービスなんです。

――フリーサービスはわかりましたが、そこでなぜ雑誌という形態だったんですか?

石丸 まずメディアというものは情報を扱っているのかモノを扱っているのか? 情報だけだったら、ネットで十分なんですが、モノとして存在させて、興味がない人に手に取らせることが重要だったんです。

雨森 また、雑誌はすべてのカルチャーに繋がっているので、レコード屋、本屋、ライブハウスなど土木建築以外の部分と繋がりやすかった。

石丸 こだわったのはiPadより大きいサイズ。デカい写真のビジュアルは人の心に響くんですよ。今回だって、ふんどしの男のピンナップが付いてくる(笑)。

雨森 それに、今現在34歳の柳さんが雑誌を作りたいという熱意を持っていた。実際に道を掘ったり水道管を直すのは重みのある物体を扱う仕事なので、雑誌という目に見えるかたちのものにしたいこだわりもあったのかもしれませんね。

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