>  > 安倍首相の祖父・岸信介のアヘン利権

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『昭和の妖怪  岸信介』(中公文庫)


【本と雑誌のニュースサイトリテラより】

 後世の歴史家たちはこの2015年という年をどう評価するだろう。「戦後70年」という節目の年に、先の大戦でA級戦犯の容疑がかけられた人物の孫が内閣総理大臣を務め、その孫は再び日本を“戦争のできる国”にしようとしていることを、だ。

 そう、今さら説明するまでもないが、安倍首相の母方の祖父は、昭和の妖怪と呼ばれた岸信介元首相だ。安倍首相は日ごろからこの祖父について、敬愛の思いを隠さず、“おじいちゃんコンプレックス”ともいえるほどの心酔ぶりを示している。

 安倍首相が集団的自衛権行使と改憲に向かってひた走っているのも、激しい反対の中、日米安保条約改定を断行したおじいちゃんを見習い、そしておじいちゃんのやり残した仕事をなしとげようとしていることが最大の動機になっているのは間違いない。

 だが、そのおじいちゃんは、戦後、内閣総理大臣をつとめただけの人物ではない。戦時中、東条英機首相(当時)率いる内閣の閣僚として戦争遂行の一翼を担い、一時は「A級戦犯」容疑者として拘留されていた戦争犯罪者でもある。

 いったい岸信介とはどんな人物だったのか。戦時中、何をしたのか。終戦から70年、もう一度、おさらいしてみよう。

 岸信介は日清戦争が終わった翌1896年、山口県に生まれた。元首相の佐藤栄作は実弟だ。兄弟の父は岸家の人だが長州藩士に連なる佐藤家の娘と結婚したため、佐藤家の分家の形で佐藤姓を名乗った。中学生のときに岸が父の実家である岸家に養子入りして、「岸信介」が誕生する。

 地元の高等小学校を卒業した後、名門岡山中学から山口中学に転校し、いずれも首席を続けた。東京帝国大学入学後も、後に民法学の大家となる我妻栄と首席を分け合う秀才ぶりだったという。卒業後の岸は商工省の革新官僚として統制経済(経済・産業を国家の統制下に置こうとする社会主義的政策)の旗手となるが、それは国粋主義を唱える大学の恩師、上杉慎吉と大アジア主義(日本を盟主とするアジア諸民族連帯の思想)の大川周明、国家社会主義の北一輝の強い影響だったと言われている。

 若手官僚として頭角を現した岸を一気に飛躍させたのが1936(昭和11)年に満州官僚へ転出したことだった。満州国という実験国家を自らの「作品」と呼び、実質的な最高首脳の一人としてソ連の計画経済を模した統制経済(産業開発5カ年計画)を強力に推進することになる。同時にそれは、岸が戦争に手を染めるきっかけにもなっていった。

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