>  >  >  「大東亜戦争」を使えなくさせた米国の思惑と植民地肯定説とは?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント0
sengo70.jpg
クリックすると配信された特集記事が見られます
Mukden_1931_japan_shenyang.jpg
画像は、満洲事変で瀋陽に入る日本軍「Wikipedia」より

 皆さんこんにちは、陰謀社会学者の聖橋乱丸である。

 毎年8月になると戦争の話になる。戦争というのは、陰謀の世界から言うと、「戦争したい派」と「したくない派」の団体のさまざまな陰謀が渦巻いた中での結果ということになる。

 まず、日本の戦争は昭和6年の満州事変が始まりだとされている。満州事変以降、日本は「支那事変(日中戦争)」を戦い、その戦争を有利に進めるため、資源地帯である「満州」を確保しようと、戦争に突入してゆくことになる。この支那事変から昭和20年までの戦争を総括して「大東亜戦争」という。このことは日本の国会において決まった呼称である。

 さて、まずこの戦争の名称についてもさまざまな思惑が流れていることをご存じだろうか。

 この戦争のことを「第二次世界大戦」という言い方をする人がいる。しかし、残念ながらこの「世界」というのは、ヨーロッパのことのみを指すことはご存じであろうか。「第一次世界大戦」という名称でもわかるとおりに、ヨーロッパというのは、自分たち白人社会を「世界」と思っており、中国や日本などは「極東」と言って、彼らが指し示す「世界」の中には入っていない。

 英語で「World」といえば、まさに「世界」を指すのであるが、しかし、当時は「世界」のほとんどが植民地化されており、欧米列強の支配下にあったのだ。そのため、ドイツVSフランス・イギリス・アメリカが、まさに彼らの持っている世界観の最も大きな観念になるのだ。

逆に、我々が使っているような「世界」という単語を使う場合は、「International」や「Nations」といった単語が使用される。国家を並列的に列記する国連が「United Nations」という単語を使っていることからもわかるだろう。

彼らから見て「極東」で繰り広げられる「日本人と中国人の争い」は、単純に、ヨーロッパから見れば「植民地の有色人種同士の戦い」でしかなく、「世界」という単語とはマッチしない。

 現在でも、イスラエルのガザ地区やゴラン高原の戦いは「中東戦争」と呼ばれ、また国連軍が組織された「湾岸戦争」は「湾岸戦争」でしかなく、「世界戦争」にはならなかったのである。要するにヨーロッパ内で対立がなければ「World War」とは呼ばれないのである。

 当時の日本は、当然そのことをわかっていたため、自分たちの戦争を「世界大戦」であるとは考えていなかったし、またヨーロッパの戦いである「世界大戦」の中に含まれていると思っていなかった。

 このことから、日本の政府はこの戦争に対して「ヨーロッパに対抗するための戦争」という意味を込めて「大東亜戦争」という名称を付けたのである。もともとは、中国(当時は中華民国)国内における内紛、または騒乱に手を貸しただけのレベルの「支那事変」から、満州国で「五族協和」という理想を掲げ、“アジアの自立”を目的とした「大東亜共栄圏」を作るための戦い、つまり、アジアが植民地ではなくアジアはアジア特有の新秩序を作るということで戦ったのが「大東亜戦争」なのである。

 しかし戦後、アメリカ進駐軍は、その名称を使用することを禁じる。そして「日中戦争」と「太平洋戦争」「第二次世界大戦」という呼称で語るように仕向け、その太平洋戦争の戦争開始を「真珠湾攻撃」、要するに、昭和16年12月8日と定めたのである。

 これはなんなのか? ここに陰謀が隠されているのである。

コメントする

お名前
コメント
画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。