>  > 安倍の安保法制と岸信介の対米密約

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左・『満州裏史 甘粕正彦と岸信介が背負ったもの』(講談社)/右・2015年4月、米国連邦議会で演説する安倍信三(首相官邸HPより)


【本と雑誌のニュースサイトリテラより】

【前編はこちらから】

 安倍晋三首相が愛してやまない祖父、岸信介は1945(昭和20)年9月15日にA級戦犯容疑で逮捕される。当時は誰もが岸は有罪とみていた。それはそうだろう。

 満州官僚時代に軍部と結託してアヘン取引に手を染め、アヘンを求めて中国領土を侵す軍をバックアップし続けた。取引で得た巨額の利益を戦費に回し、一部を政治資金として活用して軍国主義者の象徴といえる東条英機を首相にまで昇りつめさせた。さらには東条の片腕として商工大臣、軍需次官を務め、国家総動員体制、大東亜共栄圏の自給自足体制の確立を遂行するなど、戦時日本の寵児として辣腕を振るった。岸が戦争遂行の中枢にいたことは疑いようがない。そんな岸を戦勝国が犯罪者リストから外すわけがないのである。

 にもかかわらず、岸は満州時代の盟友・東条英機の絞首刑が執行された翌日の1948(昭和23)年12月24日に不起訴処分で釈放された。東条の絞首刑と岸の生還、明暗を分けたというには余りにも落差の大き過ぎる結末だった。

 あるいは岸の満州時代の上司であり、東条内閣では内閣書記官長として共に支えてきた星野直樹は終身禁固刑に処せられた。満州では岸は星野よりはるかに手を汚し、閣僚として戦争遂行にかかわった度合いも、岸のほうが大きかったはずである。当然、研究者やジャーナリストにとってもこの処遇の違いは興味の対象となる。岸はなぜ、戦犯を逃れたのか。

 ひとつは、岸がもともと用意周到でなかなか尻尾がつかめない存在であることがあげられるだろう。有名な「濾過器発言」にその片鱗が垣間見られる。岸は1939(昭和14)年10月に満州を離任する際、数人の後輩たちを前にこう語っている。

「政治資金は濾過器を通ったきれいなものを受け取らなければいけない。問題が起こったときは、その濾過器が事件となるのであって、受け取った政治家はきれいな水を飲んでいるのだから、かかわりあいにならない。政治資金で汚職問題を起こすのは濾過が不十分だからです」

 要は、証拠を残すなということであり、嫌疑に対して敏感になれということでもある(実際、岸は東条内閣時代に書いた書類をすべて焼却してしまっている)。

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