>  >  > 【戦後70年】幻の「白い軍隊」の怪談

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ルドルフ・グライナー

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戦後70年

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 私はルドルフ・グライナーです。ドイツ生まれでホテルの仕事をしながら、世界中を回っています。私にとって、日本は最も興味深い国のひとつ。ドイツと日本の文化について研究しながら仕事に活かしています。

 今回もまた、戦争に関するお話をしましょう。

 ドイツの場合、多くの人びとは終戦前から戦争に負けることに気づき、戦う気も失せていました。

 しかし日本の多くの兵隊や国民は、終戦直前でもまだまだ戦う気があったと聞きます。戦争中に「神風」が吹いていつか日本が勝てるのではないかと信じていたのでしょう。ドイツの国民は逃げ惑うばかりでしたが、日本は、女性も子どもも終戦間際まで戦いのための準備をしていました。

 それは日本の兵隊も同じです。これは私が直接帰還兵に聞いた話です。


■裏切り者

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 裏切り者 裏切り者 裏切り者
 
……「そんな声が聞こえるのです」

 私が話を聞いた帰還兵は太平洋側の島にいました。

「その声は、引き揚げ船に乗る瞬間、今まで我々がいた塹壕から聞こえてきました」

 この帰還兵は、シワが深くなった顔から涙を流していました。

「我々の軍もはじめのうちは何十人か残っていましたが、すでに島にはアメリカ軍が迫ってきていました。司令部とは連絡がつかなくなり、洞窟と塹壕で少尉殿を中心に残った者だけで戦うしかなかった。しかし、怪我人はおろか、戦死する者や病死する者が増えていく。中には気がふれて死んでしまう人もいた。それでも我々は、必死にアメリカ軍と戦って食料や武器を奪っていました。はじめのうちは、優先的に怪我人に食料を与えていましたが、彼らは戦わずして食料を得ていることに気が引けたのか、我々が見ていぬ隙に自殺する者もいました」

 当時を思い出したように言葉を詰まらせながら話し続けます。

「そんな状況であっても、私たちは日本が勝てると信じていました。なにしろ苦境に立たされているのは、我々の部隊だけだと思っていましたから。日本国は優勢、しかし我々だけが作戦失敗したと思っていたのです。だから我々の部隊は、いくつかの小隊が集まったものですが、日本の本隊と合流して体勢を立て直せば何とかなると思っていました。生きて日本に帰って国のために働こうと思っていました。少尉殿もそのように言い、犬死にを禁止していました。しかし、怪我して役に立てなくなったら、本隊に戻っても役に立たない。だから自分で死んでしまう人はいた。しかし、死んだ仲間も日本が負けるはずがないと信じていました。もしも負けたらその時は一緒に死のう。そのように毎日話していたのです」

 老人の目にはまだ涙が浮かんでいました。

「あなたは同盟国のドイツの人だからわかるでしょう。何十人もいた部隊から、一回戦闘があって、次の日も何人か戻らなくて、そして、いつの間にかまともに動けるのは一桁くらいしか人がいなくなってしまったらどうなるか……。周りには、死を待つだけの兵と死体ばかり。でももうその時には本国は負けて、何日も前に玉音放送が流れていたんです。アメリカ軍の方から日本語が流れてきて、日本は負けたから早く出てこいと言われた。少尉殿が決断し、生きている者は全員投降することにした。みんな泣いていた。そして、洞窟の奥では少尉殿が自決していたんだ。皆涙して、少尉殿の遺品をもってアメリカ軍に投降した。ひとりずつ検査されて、その後、収容所に入れられ、しばらくは戦場の後片付け。そして最後に船に乗る時、アメリカ軍もみんなあの声を聴いたのです」

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