>  > 100年前の「手作りシンセ」!! 旧ソ連、驚異の科学力!!

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アナザー茂

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旧ソ連

 ロシアといえば今でもどこか謎めいた文化圏であるように感じる。その前身、ソビエト連邦にて今から遡ること約100年、今では様々な音楽や効果音に欠かせないシンセサイザーが1920年代に既に存在していたとはまこと驚きである。旧ソ連の電子楽器といえばテルミンが有名だが、同時期に、実に前衛的な手法を用いたシンセサイザーが三人の男たちによって作られた。しかもそれが紙を使ったお手製のシンセサイザーなのだ。

 音と映像をシンクロさせる技術はトーキー映画黎明期にして、1930年代には旧ソ連の映画作品の中で効果的に使用されることになる。世界初の長編トーキー映画がワーナー・ブラザーズ製作のアメリカ映画『ジャズ・シンガー』(1927年)であることを考えても、当時のロシアがいかに進んでいたかわかるだろう。


■旧ソ初のトーキーに影響を受けて

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画像は「PINCHPLANT」よりEvgeny SholpoとVariophone(1932)

 電子楽器幕開けの兆しが見え出した1920年代、かのドイツの総合芸術学校バウハウスのアーティストLászló Moholy-Nagyは、蓄音機のサウンドトラックを利用した「新しい形のレコーディング」が近いうちに生み出されるだろうと予想した、そして「楽器も弾き手なしにして音楽が作り出せるようになる」と考えていたのだ。László Moholy-Nagyは、「その新しい技術は、今まで使われたありとあらゆる楽器を包括したものになるだろう」と予想した。先のアメリカ初のトーキー映画『ジャズ・シンガー』を見た時、彼は「今まで誰も聞いたことのない未知の楽器が誕生する」と感じたという。この予想は10年とかからずしてソビエト連邦にて現実のものとなる。

 1929年旧ソ連にて初のトーキー映画『The Five Year Plan for Great Works』が制作され、作曲家Arseny Avraamov、アニメーターMikhail Tsihanovsk、そしてエンジニアのEvgeny Sholpoの3人は、音と映像のシンクロ技術に多大な影響を受ける。

 この3人の先駆者がいなければ、旧ソ連のシンセサイザー開発は大いに遅れをとっていたといっても過言ではないだろう。彼ら3人はこの光学式トラックのループ曲線や弧、様々な形の波形に魅了され、サウンドトラックに直接手書きで図形を書き込むことで、複数の音を合成した「シンセサウンド」が作り出せるのではないかと考えた。無論はじめのうちは実験と失敗を繰り返しであったが、1930年作曲家Arseny Avraamovは、手描きによるシンセサウンドを用いたショートフィルムを完成させたのだった。

 以下の映像を見ていただきたい。想像以上にまさに紙なのだ、ハンドメイド感も半端ない!はさみでチョキチョキとまるで小学生の図工さながらだ。しかし、その音は100年前のものとは思えないなんとも不思議なものなのである。

動画はYouTubeより

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