>  > 世界が驚愕! ニューネッシー事件の真相

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天野ミチヒロ

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Zuiyo-maru carcass/Wikipedia

 言わずと知れたUMA界のスター、ネッシー。1933から、イギリス・スコットランドのネス湖で謎の怪獣の目撃情報が相次ぎ、遂に6月9日英国の新聞に掲載されたことで、一躍未確認生物(UMA)のトップスターとなった。ちなみにこの6月9日はネッシーの日である。

 その翌年34年、それから60年もの間ネッシーの存在を示す有力な証拠として扱われることになる「外科医の写真」が激写され、その人気は決定的なものとなった。94年には、この「外科医の写真」がインチキであることが明らかになるのだが、その間、日本にも本格的なブームが訪れる。73年には、国際暗黒プロデューサー康芳夫のもと、石原慎太郎が「国際ネッシー探検隊」を結成し、第67代総理・福田赳などの協力も得て捕獲に乗り出すなど、もはや国家レベルのお尋ねUMAとなったのだ。

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外科医の写真

 さて、そんな「国際ネッシー探検隊」結成から4年後の1977年4月25日に起きたのが「ニューネッシー事件」だ。日本のトロール船「瑞洋丸(ずいようまる)」(2460トン、乗員87名)が、太平洋上(ニュージーランドのクライストチャーチより東へ約50km離れた海域)で全長約10メートル、重さ1800キログラム、首の長さ1.5メートルの巨大な腐乱死体を引き上げた。その姿がネッシーの祖先といわれる恐竜時代の生物「首長竜」にソックリだとして、ネッシーにちなんで「ニューネッシー」と名付けられた。だが、ニューネッシーの由来にはそれ以外の理由もあったという。

「この頃、UMAの種類はとても少なかったんです。特に日本ではネッシーとイエティくらいしかポピュラーではなかった。だから、水辺に出たものはほとんど『●●ッシ―』と呼ばれていたんです。単純なネーミングですが、覚えやすいですよね。ニューネッシーのニューはもちろんNEWであり、ニュージーランドのニューでもあります」(UMA研究家・天野ミチヒロ氏)

 この事件が日本に与えたショックはどれほどのものだったのだろうか?

「UMA史上10本の指に入るほどの超・有名事件といえるでしょう。UMAが新聞や一般誌のトップを飾ることなんてそうそうあるものではないですが、この時はみんなが報じました。それほどセンセーショナルな出来事で、たくさんの人に夢を与えた事件でもあります。海外にも広く知れわたり、中国圏では「瑞洋丸」、英語圏では「Zuiyo-maru」として知られています。その後、さまざまな鑑定結果によってこれはUMAではなく『ウバザメ』であったということがほぼ100%わかっていますが、明らかになった後も、テレビのバラエティ番組では『謎のニューネッシー』だとして、鑑定結果を隠して報じられてきました」(UMA研究家・天野ミチヒロ氏)

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