>  > 対岸の火事ではない!! 日本で発生したテロ3選

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※イメージ画像:Thinkstockより

 10月31日、シナイ半島で発生したロシア・コガリムアビア航空のエアバスA321機の墜落について、「イスラム国(IS)」が犯行声明を出した。当初はロシアやエジプト当局によって否定されていたのだが、11月6日、墜落を祝う「イスラム国」工作員の通信を傍受していたことを、米情報機関が明らかにした。また、米国防総省らの高官も、墜落は爆弾によるものだったとしている。

 11月8日になって、エジプトの事故調査委員会も、ボイスレコーダーの最後にあるノイズを、「9割方、爆発音とみている」として、爆破テロ説が強まっていることを明らかにした。いまださまざまな情報が錯綜して、「イスラム国」による犯行とは断定できないが、テロである可能性は高まった。

 これまでは、海外旅行に行く時に、外務省が発表する危険情報を参考にしながら、行き先を決めることも多かったと思う。だがこれからは乗る航空会社が、テロの標的となりうる国のものかどうかまで、考慮しなければならなくなったということだ。

 さらに11月14日には、パリで同時多発テロが起きた。やはり「イスラム国」が犯行声明を出している。

「イスラム国」は日本も敵だと名指しており、国内でテロが起こる可能性も増している。だが今のところ、テロというのは、海外に行く時くらいに心配することと思われている。しかし、日本でもテロが頻繁に起きていた時代もあった。また、日本人が海外でテロを行うことも珍しくなかった。今回は、日本人によるテロの3例を紹介しよう。

【CASE 1】テルアビブ空港乱射事件

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※イメージ画像:『日本赤軍とは何だったのか―その草創期をめぐって』彩流社

 パリでの同時多発テロ、ロシア機爆破、今年3月のチュニジアでの博物館襲撃、一昨年のボストンマラソン爆弾テロなど、一般市民を殺傷するテロが今では当たり前になった。だが、実はそれを最初に行ったのは日本人であった。

 昭和47年5月30日、イスラエルのテルアビブ近郊都市ロッドにあるロッド国際空港(現・ベン・グリオン国際空港)で起きたのが、テルアビブ空港乱射事件だ。

 エールフランス機でロッド国際空港に着いた3人の男性は、荷物受取場で受け取ったスーツケースから取り出したVz 58自動小銃を、旅客や警備隊に向けて手当たり次第に乱射した。26名が死亡。73名が重軽傷を負った。

 犯行を行ったのは、奥平剛士(当時27歳)、安田安之(当時25歳)、岡本公三(当時25歳)。彼らは「日本赤軍」の前身である「アラブ赤軍」に属するテロリストであった。

 犯行直後、奥平は警備隊に射殺され、安田は手榴弾で自爆。岡本だけが警備隊に取り押さえられた。これは、持っていた手榴弾が不発だったから、とも言われている。

 極めてショッキングな事件であった。

 当時、テロリストによる航空機の乗っ取り、いわゆるハイジャックは横行していた。昭和45年3月31日には、共産主義者同盟赤軍派のメンバーが日本航空のよど号をハイジャックして、北朝鮮に亡命した。乗客たちを人質にしたわけで、許されないことだが、少なくとも乗客に怪我を負わせることもなく解放している。

 一般市民の殺傷を最初から目的にしたテロは、世界で、これが初めてであった。「アラブ赤軍」はパレスチナ解放人民戦線の指揮下に入っており、イスラエルとパレスチナの対立に根ざすテロであった。だが、犠牲者のほとんどは、エルサレムに巡礼に向かうプエルトリコ人で、イスラエル人も8人いたが、一般市民である。

 当然のことながら国際的な非難が巻き起こり、自国民が起こした犯行を日本政府はイスラエルに謝罪し、犠牲者に100万ドルの賠償金を支払った。

 だが、パレスチナの一部民衆は、3人を英雄視した。生き残った岡本は裁判での陳述で「われわれ3人は、死んでオリオンの3つ星になろうと考えていた」と自決する計画であったことを明らかにしている。自殺を罪だと考えるイスラム教徒が自爆テロを行うようになったのは、この事件が影響しているという声も多い。

コメント

2:匿名2015年11月17日 20:51 | 返信

↑何言ってんだこいつ
パラノイア?

1:匿名2015年11月16日 21:30 | 返信

そのテロリストが今では市議をやってるんだから困ったもんだ

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