追悼、野坂昭如! 『火垂るの墓』よりも圧倒的に後味が悪い傑作『死児を育てる』とは?
そして、広島と長崎に原爆が投下され、終戦間近の昭和20年8月13日。警戒警報が発令されると、急に母親の死が久子の脳裏にフラッシュバックし、妹を土蔵に置いたまま、死んだ母の影を追ってほんの束の間、彷徨い歩く。そして土蔵に戻ると、文子の体はねずみに食べられ、血まみれで死んでいたのだった。
「妹の命を奪った、文子を殺したことを、私は鮮明に覚えていた。皮肉なことに、それは自分の産んだ伸子の成長とともに、文子の死んだ年に近づくにつれ、予感が次第に形を明らかにし、伸子は、私の罪をそのあどけない笑い顔や、たどたどしい言葉つきで、するどく指弾する(中略)タイムマシーンがあったら、ここにあるクッキーやあめやゴーフルや、あの土蔵で最後は泣くこともできずに寝たっきりだった文子に届けてやりたい」(p.156より引用)
久子が伸子を殺してしまった理由は、成長するにしたがって、伸子の顔が文子に見えたからだったのだ。最後に久子が刑事に語る台詞があるが、その救いのなさはぜひ作品を読んで知ってほしい。
野坂自身、神戸の空襲後に、1歳4カ月の妹を栄養失調で亡くしている。妹の肌はあせもとシラミでまだらだったそうだ。この時の記憶と、もっと妹をかわいがっておけばよかったという後悔のもと小説化されたのが『火垂るの墓』である。しかし、野坂の妹に対するトラウマは『死児を育てる』のほうがより残酷でストレートに表現されているのかもしれない。愛していたはずの肉親を自分が思い描いていたように大切にできない悲しさと孤独。戦争があぶりだす人間の残酷な本性を描いた傑作をいまいちど読んでみてはいかがだろうか。
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