>  >  > 「出会い系利用してる」野坂昭如衝撃発言!

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野坂昭如

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※イメージ画像:『絶唱!野坂昭如~マリリン・モンロー・ノー・リターン』Pヴァイン・レコード

 作家の野坂昭如さんが12月9日、亡くなった。85歳だった。野坂さんは2003年に脳梗塞で倒れ、その後はリハビリ生活を続けながら口述で執筆活動を続けていた。野坂さんは倒れる直前まで月に一度のペースで「野坂塾」を開いていた。“戦争体験を語り継ぐ”ことを目的とする会であったものの、それだけにとどらまない雑談や放談も聞けたようだ。当時、野坂塾に定期的に参加していたTさんに話を訊いた。

「会場は阿佐ヶ谷の新東京会館ですね。日時は平日の夕方から2時間くらい。客層はお年寄りが8割くらいで、あとは野坂さんファンと思しき若い人が2割くらいでしょうか。当時、私も20代前半でした。メンバーは、永六輔さんが司会役で、毎回ゲストを招き、野坂さんと話すというスタイルですね。どちらかといえば永さんが戦争や平和の話とかをしたがっていた印象があります」(Tさん)

「野坂塾」は永六輔のラジオ『土曜ワイドTOKYO 永六輔その新世界』(TBSラジオ)内でも参加が呼びかけられていた。年齢層が高いのは仕方があるまい。永さんのラジオでは、死の直前まで野坂さんの手紙が読み上げられていた。

 Tさんが遭遇したゲストは、雑誌『話の特集』の編集長であった矢崎泰久、政治コント集団「ザ・ニュースペーパー」出身の松崎菊也、新右翼団体一水会の木村三浩などだ。木村は当時、サダム・フセイン政権下のイラクに太い人脈を持っており、かなりディープな話題を取り上げていたことがわかる。だが、生真面目な内容ばかりでなく、ケーハクでテキトーな“野坂節”も健在だった。

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