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【拝啓 澁澤先生、あなたが見たのはどんな夢ですか? ~シュルレアリスム、その後~】――マルキ・ド・サド、そして数多くの幻想芸術……。フランス文学者・澁澤龍彦が残した功績は大きい。没後20年以上たったいま、偉大な先人に敬意を払いつつ、取りこぼした異端について調査を進める――。

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瑛九:フォト・デッサン その3(1936)

 シュルレアリスムは世界を席巻した20世紀最大の芸術運動だったといっても過言ではない。プラハやメキシコでも盛んだったし、その余波は本場パリから遠く離れた東の国、日本にもやってきた。

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瑛九近影

 今回は、瑛九(えいきゅう)という変わった名前を持つ日本人アーティストの写真作品について紹介してみたい。そうすればその逆照射で、パリのシュルレアリスム運動の様相がより鮮明に見えてくることにもなるだろうから。

――と書き出してはみたものの、これはあとから考えたもっともらしい理由に過ぎないような気もする。今回、瑛九の作品を紹介するほんとうの理由は、瑛九の親友が綴った以下の文章から、若干15歳の瑛九が下宿部屋でひとり、年長の学生を相手に口論するときの明らかに早熟な横顔を、(瑛九の姉の)十三子と一緒に見てしまったことが影響していると思う。


 彼はその間に下宿を戸塚町の佐々木方から田辺方に替り、さらに高田町の雑司谷へ移って、小川方から千葉尾という下宿屋へと替っていた。十三子は昭和三年の春そこを訪ねて、彼が数人の早稲田の学生を対手にして、一歩も退かずに議論している場面に遭遇して大へんに驚いたことがあるというから、その男を中心に、何人かの早稲田の学生と交っていたものと考えられる。(山田光春『瑛九 評伝と作品』青龍洞)

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