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 ローマカトリック教会では昨年より、「いつくしみの特別聖年」と称してさまざまな催しを行っている。その一環として、今週、ローマ法王庁(バチカン)で展示するため、聖人であるピオ神父の遺骸をサン・ジョヴァンニ・ロトンドの聖堂から、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂に向かって運び出した。

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聖遺物となったピオ神父 画像は「The Daily Mirror」より引用

 ピオ神父は、その身に「聖痕」をもつことで有名な聖人であり、カトリックでは聖人の遺骸を聖遺物として崇敬するため、注目を集めている。2008年にピオ神父の遺骸が死後初めて公開された際には、国内外の信者70万人以上が訪問の予約をしたといわれている。死後40年がたった現代でもイタリア国内で絶大な人気を誇る彼、一体どのような人物だったのだろうか。


■農村の暮らしから修道士へ

 後のピオ神父であるフランチェスコ・フォルジョーネは、1887年、南イタリアの小さな農村ピエトレルチーナで産声をあげた。農業を営む両親のもと、兄妹3人とともに貧しい生活を送っていたが、村が非常に敬虔な土地柄であったこともあり、幼い頃からその身を信仰に捧げることを決めていたという。

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ピオ神父 画像は「Wikipedia」より引用

 フランチェスコが修道士を志すと、父は米国に出稼ぎに出て教育に必要な費用を工面するなどの協力もあり、1903年、カプチン修道士会に入会し、故郷の町の守護聖人にちなんでピオ修道士と呼ばれるようになった。

 その後、哲学や神学を学び、1910年には司祭となったピオ神父だが、その年の9月7日、彼の運命を大きく変える出来事が起きる。ピオ神父がいつものように祈りを捧げていると、目の前にキリストと聖母マリアが現れ、ピオ神父に聖痕をつけたのである。

 聖痕とは、キリストが十字架に架かった際についた傷と似たような傷が、信仰者に現れるという現象である。実は、ピオ神父は以前から幻覚を見ていたらしいのだが、ついにそれが身体的症状として現れたのだ。このときついたコインほどの聖痕には激しい痛みがあったのだが、祈りを捧げることで治癒したという。ただ、彼の苦しみはその後も続くこととなる。

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