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渡邊浩行

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『ミヤジネーション』(2013) 宮地氏について語るガンダーラ北村氏

――作品中に登場している、高校時代からの友人であるガンダーラ北村さんの話を聞く限りでは、高校時代にはすでに「エリザベス宮地」の片鱗が現れていたように思えます。

宮地 そうかもしれません。地獄のような血だらけの3年間を過ごして私立の進学校に入ったら、もう全てがユルいんですよ。あのボコられ続けた3年間は一体なんだったんだって思うくらい何もかもがユルくてチョロい。クラスでイキってるヤツらももう全然。中高一貫だから、中学から上がってきたヤツらはイキりきっているんですけれどまあ面白くない。いま思えばダサいですけれど、僕、一番いい所を獲りににかかるんですよ。文化祭みたいなイベントの時とかに邪魔をして、その結果自分が目立とうとする。

――イヤなヤツですね。

宮地 ただし、バンド組んでブルーハーツをカバーするとかじゃなくて、誰も考えつかないような方向性でですよ。周囲全体を見て「行けるな」って時に変なことをやってその場の全てをかっさらうみたいな。映画の『色即じぇねれいしょん』と似たような感じですかね。正直、調子に乗ってました。

――みうらじゅん的ポジショニングだ。

宮地 そうですそうです。

――ここぞというときののタイミングの判断するさいに、鼻が効きそうですよね。

宮地 中学生の時に、ヤンキーにボコられないようにひたすら周囲を観察してましたからね。ミスったらボコられる。生存が懸かってましたから本気度と年季が違うわけです。

――その頃には将来の進路として、映像作家という選択は漠然とでも頭にあったのですか?

宮地 将来のビジョンが全く浮かばなかったため、高校三年生の進路をどうするかについての面談の時には、大学には行かずにおじいちゃんの農家を継ぎます、って先生に言いました。地元でそれなりの暮らしができればいいです、って。でも、テストの成績はよかったので「おいおい、そんなことは言わずに大学に行ってくれ」と先生に言われました。「学校的にも進学率を上げなきゃならないし、ウチの学校を出て農家をやるヤツなんていないぞ」と。

――そりゃそうでしょう。本気で農業をやりたかったわけじゃないでしょうし。

宮地 なんとなくですからね。で、北村に自分のその時の成績を見せて、「国立の理系で俺でも入れる大学」という条件を提示して、北村に勧められるがままに受けてそのまま入ったのが電通大だったわけです。


■ヤンキーの変わり様に幻滅してオナニーブログを起ち上げる

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――ご自身のオナニーライフをテーマしたブログ、「私のあそこはベートーヴェン」を起ち上げたのはいつ頃ですか?

宮地 上京2年目です。

――どうして起ち上げようと思ったんでしょうか?

宮地 きっかけは地元の成人式ですね。

――どういうことでしょう?

宮地 成人式で地元に帰ったら、ヤンキーたちがヤンキーじゃなくなってたんですよ。

――……???

宮地 中学生時代にはめちゃめちゃカッコよかった、虹色の髪の毛にしてたヤンキーたちが、なんか普通で凡庸な大人になっちゃってるのにショックを受けたんです。本当は、成人式とか盛大に荒らして欲しかったんですよね。

――Stay Gold、あの頃の初期衝動をキープオンしたままでいて欲しかったと。

宮地 そう。ヤンキーはヤンキーのままでいて欲しかった。散々ボコられたけど、どこかで憧れていたんですよ。だから、ヒーローが普通の人になっちゃってたみたいなショックを受けて。成人式で、試しに昔はヤンキーだった人に言ってみたんですよ。「一緒に写真撮ってくんない?」って。そうしたら「ああ、いいよいいよ、一緒に撮ろうよ」みたいな(笑)。いや、違うでしょう、そんなの。「なんだテメェふざけんなよ、写真なんか撮れるか馬鹿野郎」って殴られるくらいがちょうどいい。それが欲しかったのに「嘘ぉ」って。あのヤンキーが、ピースとかしちゃって写真撮ってるんわけですよ。それ、僕、めちゃくちゃショックで。

――腹が立った?

宮地 立ちましたね。「なんだよ、おまえらそんなもんかよ!」って。で、東京に戻ってから北村を呼び出して「俺はあんな風にはなりたくない」って、「子供の頃の夢ってみんな『世界征服』とかあっただろう?」って言ったんですよね。それで、僕の21歳の誕生日に北村の部屋で「俺には何ができるんだろう?」と話し合ってた時、彼が「宮地くん、何か得意なものはないんですか?」って聞いてきたんですよ。そこで口からポロッと出てきたのがオナニーだったんですよね。それで「︎私のあそこはベートーヴェン」を始めたわけです。

――ヤンキーに失望したことが引き金になって、オナニーブログを開設したわけですか(笑)。

宮地 「歴史に名前を残してやる」じゃないですけれど、あれは完全にヤンキーがヤンキーではなくなっていたことから受けたショックの反動です。

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『ミヤジネーション』(2013)

――起ち上げた当初から映像は撮っていたのですか?

宮地 大学入学と同時に放送研究会に入ったんですね。って言っても、すぐに辞めちゃうんですけれど。だからほとんど撮ってはいないです。遊びでビデオカメラを回してたくらい。『みんな夢でありました』がちゃんと映像を撮り始めた一発目で、あれを撮るためにビデオカメラを買ったんですよ。作品中に出てくるJ小川さんは放送研究会の先輩で、彼に編集のやり方とかをちょこちょこっと教えてもらいながら。

――「︎私のあそこはベートーヴェン」が人気ブログになったことで、大人になって腑抜けたヤンキーたちには勝った。当初の欲求不満みたいなものは解消されたと思うんですよ。なのに、なぜ本格的に映像を撮ろうと思ったんでしょう? ブログが成功裏に終わった時点で終了しちゃってもよかったと思うんですけれど。

宮地 同じタイミングで、松江哲明監督の『童貞をプロデュース』とかを観に行って、オレもこういうの作りたいって思ったんですよね。単純に。松尾さんの『テレクラキャノンボール2009』も出たりしていた時期で。

――ここでも松尾さんですか(笑)。

宮地 松尾さんのスタイルだったら照明も録音もいらないし、これなら自分でもできると思ったんですよ。オナニーの世界チャンピオンになったっていう格好のネタもありましたからね。ドキュメンタリーなら映画の形で完成させて有名になれるかも、っていう。表現の方法は小説でもなんでもよかったのかもしれないですけど、その時に僕にビビッドに来ていたのが映像作品だったので、「これやりたい!」って心から思いました。
後編につづく 文:渡邊浩行/YAVAI-NIPPON)

・後編 1日30回射精するコツも!「童貞とクリエイティビティ強度」について

■エリザベス宮地(えりざべす みやじ)
映像作家。1985年11月13日生まれ。 高知県出身 電気通信大学人間コミュニケーション学科卒業。

■ミヤジネーション
2013年 監督・撮影・出演:永原真夏 編集・出演:エリザベス宮地 音楽:oono yuuki 主題歌:SEBASTIAN X「宮地くん」 企画:直井卓俊 制作協力:SPOTTED PRODUCTIONS カラーHD 40分

ミヤジネーション予

■「ミヤジネーション」上映スケジュール
・2月29日 16:00~
・3月3日 20:00~
下北沢トリウッド

ドビュッシーオフィシャルサイト
私のあそこはベートーヴェン

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