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鈴木邦男(左)と上祐史浩(右)

■オウム事件の裏側もひょうひょうと語る

 まだ寒風が街を吹きすさぶ2016年2月17日。代官山のライブハウスでありイベントスペースでもある『晴れたら空に豆まいて』で歴史的とも言える対談が行われた。

 舞台の上に現れたのは オウム真理教の後を継いだアレフから脱退し、現在はひかりの輪の代表を務める上祐史浩。95年地下鉄サリン事件当時「ああ言えば、上祐」と呼ばれた弁舌で世間を騒がせた当人だ。また一方は政治団体一水会の元顧問でもあり、論客としても知られる鈴木邦男。彼自身も母親の影響で、ものごころがついた頃から『生長の家』という宗教にひたって生きてきたと告白している(その後脱会)。

 この日のテーマ『テロ・暴力…混迷の時代を生き抜くには? 未来を切り拓く思想』を語るにはふさわしいふたりだ。司会はフリー編集者・椎野礼仁が受け持った。

 冒頭からオウム真理教の選挙問題で激論が交わされる。

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対談の様子

上祐 私はオウムの選挙活動にひとり反対していたんです。後から岐部さん(元信者)も反対していましたが。ぬいぐるみを着て歌っているのは集票にはつながらないじゃないかと。

椎野 なぜ上祐さんだけがそのような反対の立場を取れたんですか?

上祐 自分は恵まれた立場だったんです。男性の弟子の中では一番認められていました。

鈴木 (麻原の)長女と結婚するという話もあったとか。

上祐 話の方向性がそっちに(笑)。実際にありましたけど……。

 上祐と麻原長女の秘話。逮捕されたときに麻原の情報を流す検察。アレフが分裂し、ひかりの輪ができた経緯など興味深い話題が次々と話されていく。

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