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※イメージ画像:『芸人前夜』(ヨシモトブックス)

 中田はそれまでお笑い芸人を目指し、大学で友人とコンビを組んで学園祭でライブをやったり、ネットで相方を探していたりしていたところで藤森と出会った。藤本はお笑いにまったく興味はなかったものの、中田宅で学園祭のビデオを見てコンビ結成を申し出る。中田はその誘いを即座に受けず、藤森の本気度をはかろうとする。藤森がお笑いを目指す理由は“普通に就職したくない。ジャニーズとか俳優とか無理だけど、テレビには出てみたい”(p.59)というものだった。この理由はチャラい。

 ふたりは、やがてお笑い芸人を目指し吉本興業の養成所であるNSCに入る。当時の入学金は40万円だった。オーディション(入学試験)の日、ふたりは2ちゃんねるで仕入れた試験情報をもとに、60秒のアピールタイム用のネタを用意し、審査員に「…前に、なんかやってたことある?」と言わしめる(p.70)。

 本書の冒頭には“本書は著者の体験を基に書かれていますが、出版にあたり一部脚色が加えられています。なお、登場人物の名前など一部仮名にしております。”と断り書きがなされている。実際、本書で描かれるNSCの実態は厳しさを通り越し、悲惨ですらある。

 入学試験で見事、スタートダッシュを切ったふたりは厳しい養成所の洗礼を受ける。養成所近くのコンビニを使ったらクビ(前に生徒が騒ぎ苦情が来たため)、近くの公園をネタ練習に使うのも禁止(同じく苦情)、芸人じゃないので捕まっても吉本の名前を出さない(出せば当然クビ)、上履きが汚いということで竹刀で殴られる(人前に出る仕事を目指すため)、口臭チェックがあり臭いと帰される(チェックは一期上の先輩芸人が直接匂いを嗅ぐ人力)、などの厳しいルールがある。ただ即座にクビではなく、丸坊主にして頭を下げれば許してもらえる。そうして従順な奴隷が出来上がる。気づけば夏前までに、500~600人いた生徒は半分ほどに減っている。

 さらに数カ月後からネタ見せの授業がはじまるとふたりは一番乗りでネタを見せる(p.130)など、積極的なアピールを繰り返す。これは、選抜クラスに入るためである。入所後しばらくすると、500人の入学者から10組程度の選抜クラスができる。そこに入らないと、テレビに出ることは難しいと言われる。ただし、ウーマンラッシュアワーの村本大輔など選抜から漏れても活躍する芸人はいる。

 ネタ見せでアピールを続け、見事選抜クラスに入るふたり。そこで武勇伝の原型となる、中田伝説を話すネタを作り上げる。最後に出る「ペケポン」はシメのフレーズとして定着していた「いいかげんにしろ」に代わる言葉として熟考の末にできたものだ(p.164)。ネタを練り上げたふたりは、この年芸歴0年目にして「M-1グランプリ」の準決勝まで進む。吉本に限らず芸歴のカウントは初舞台を踏んだ時である。NSCの場合は養成所の卒業公演が芸人デビューの場だ。M-1予選での活躍を聞きつけ、在学中から『エンタの神様』(日本テレビ系)のスカウトも来ていたという。

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