>  > 「演歌は日本の伝統」じゃない!

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輪島裕介『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』(光文社)


【本と雑誌のニュースサイトリテラより】

「日本の国民的な文化である演歌、歌謡曲をしっかり応援しよう」

 今月2日、今村雅弘元農林水産副大臣によるこんな挨拶で、演歌や歌謡曲を支援する超党派の議員連盟「演歌・歌謡曲を応援する国会議員の会」の発起人会合は開かれた。

 この集まりには、歌手の杉良太郎氏も出席し、「演歌や歌謡曲は若者からの支持が低い。日本の良い伝統が忘れ去られようとしている」と発言。日本の伝統である演歌を守るべきであると強調した。今後、この会では、各議員の地元選挙区で開かれるカラオケ大会に演歌歌手を呼ぶ活動を行うなど、振興策を打っていく予定だという。

 演歌は日本の伝統──、今ではごく当たり前のように用いられているこのフレーズだが、ちょっと引っ掛かるものがある。果たして本当に演歌は日本の伝統なのだろうか?

 ポピュラー音楽研究を専門とする輪島裕介氏は『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』(光文社)のなかで、作家・小林信彦氏の文章を引き、その認識に対し疑問を呈している。

〈〈演歌は日本人の叫び〉
 といった文章を見るたびに、ぼくは心の中でわらっていた。わらうと同時に、いったい、いつからこういう言葉が通用するようになったのか、いや、いつ発生したのかと疑問に思っていた。
(略)
 昭和三十年前後に登場した三橋美智也は民謡調歌謡曲、三波春夫は浪曲調歌謡曲であり、その時点では誰も演歌とは呼ばない。こう見てくると、〈演歌〉そのものが見当たらない。一九六〇年代のどこかで発生したとしか、言いようがない〉

 1948年より刊行されている『現代用語の基礎知識』(自由国民社)に「演歌」の項目が立てられたのも70年版からであり、それ以前にこの言葉は載っていない。このことからも現在親しまれている「演歌」が果たして本当に「伝統」なのかどうか疑問が生まれる。

 ただ、「演歌」という言葉自体はそれ以前からあった。「演歌」という単語が生まれたのは明治時代にまで遡る。自由民権運動の流れのなかで、政府が公開演説会を取り締まりの対象としたために、規制を免れるべく演説を「歌」のかたちで展開したのが「演歌」であった。この「演歌」は、政権批判や社会風刺を歌うものを指し、恋や酒を歌のテーマとする現在の「演歌」とはまったくの別物だ。そしてこの「演歌」は元号が昭和になるころには衰退。忘れ去られた音楽となっていく。

 では、なぜそれから時を経て「演歌」という言葉が復活し、現在のようなかたちで「演歌」というジャンルが生まれるようになったのか。それには、このジャンルが生まれた60年代後半という時代が大きく関係している。この時期、ポピュラーミュージックの世界は、グループサウンズ、フォーク、そして、後のニューミュージックへとつながっていく「若者音楽」大変革期の最中であった。

 これらの音楽の台頭により、それまで「都会調」「浪曲調」「日本調」などと呼ばれ区分けされてきた古いスタイルのレコード歌謡と、ロックやフォークなどの新しい音楽との間に乖離が生まれ、結果、旧来のレコード歌謡はすべてまとめて「演歌」というひとつの言葉のもとにまとめられることになる。その裏には、古いレコード歌謡を「リバイバルもの」としてプロモーションしたいレコード会社の思惑があった。

 現在、ロックもフォークもアイドルも、昭和期にお茶の間を賑わせた音楽ならジャンル関係なくすべてひっくるめて「昭和歌謡」というカテゴリーにおさめコンピレーションアルバムなどが盛んに制作されているが、これと似たような現象が当時も起きていた。その結果、「演歌」という忘れ去られた言葉が意味を変えてリサイクルされたのである。

 なので、一括りに「演歌」といっても、そこに厳格な音楽的基準はなく、民謡や浪花節のような日本的な音楽も含まれれば、ムード歌謡のようにジャズの影響を色濃くもち、かつての音楽界ではむしろモダンなものとして受容されたものまで混ざっている。

 たとえば、「古賀メロディー」と称され、現在では演歌の基礎をつくったと評価される古賀政男だが、彼の音楽的な素養となっているものも西洋音楽の知識やクラシックギターの技術である。

〈いまでは「演歌」の典型的なサウンドとみなされる《影を慕いて》などに特徴的なギター奏法も、開放弦を活用しながらベース音と和音と旋律を同時に演奏するクラシックギターの技術に基づくもので、当時はギターやマンドリンの響き自体がモダンなものでした〉

 また、「演歌」というジャンルがいかに雑多な出自をもっているかの一例が「こぶし」である。演歌らしさを特徴づける最も大きい要素である「こぶし」だが、これは浪曲において使われる歌唱法で、ジャズはもちろん民謡調の歌手も用いない歌唱法であった。なので、「演歌」というジャンルに一括りにされた当時「こぶし」をまわす歌手は主に浪曲出身の歌手たちであり、「演歌」がジャンルとして成立した時には、クラシックなどの声楽的素養を誇っていた他の歌手から「下品」と批判されたりもしている。

 このように、「演歌」は、グループサウンド勃興期に旧来のレコード歌謡を混ぜたことで生まれたジャンルであり、そこに正統的な「伝統」といったものが存在しないのは自明である。いや、60年代生まれということは、演歌は「伝統」どころかむしろ、ヒップホップやテクノほど新しくはないとはいえ、ロックやジャズよりも生まれた時期は「若い」ジャンルなのだ。

 このように、なんとなくのイメージで「伝統」と称されるものも、よく見ていけば「伝統」でもなんでもないことは往々にしてよくある。例えば、安倍政権は「伝統的家族観」といったものを盛んに主張しているが、当サイトで紹介した通り、その家族観も明治以降の日本に限ってのことであり、日本の伝統でもなんでもないと疑問が呈されている。

「伝統」という言葉を印籠のように出されて思考停止に陥ると、「演歌の振興」の名のもとに税金が国会議員のカラオケ趣味のために垂れ流される。いま我々に必要なのは、イメージとして語られる「伝統」をまず疑ってみることなのではないだろうか。
(新田 樹)

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