>  >  > 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント0

【シリアルキラー・猟奇殺人 完全紹介シリーズはコチラ】

 1964年1月、年明け早々にカタリナ・オルテガと名乗る痩せこけた若い女性が、メキシコ・グアナファト州の都市レオンの警察署に駆け込んできた。女性は震えており、体は傷やアザだらけ。おまけに栄養失調だった。カタリナは、サン・パンチョでゴンザレス姉妹が経営する売春宿から脱走してきたのだと訴え、売春宿に来た経緯と、そこで行われている恐ろしいことを洗いざらい話したのだった。

 カタリナの話を聞いた警察は、売春宿へと急行したが、宿を取り仕切っていた女主人ことゴンザレス姉妹はすでに逃走した後だった。そこでは多くの若い女性たちが監禁されており、「殺された娼婦たちが宿の周りに埋められている」と語った。そして土の中からは、実際に腐敗した死体や人骨が大量に出てきた。警察は、ゴンザレス姉妹が携わるほかの売春宿も捜査したが、そこからも同様に多数の遺体が出てきた。その数、女性80人、男性11人。胎児と思われる複数の遺体も掘り起こされた。

Gonzalez.jpg
ゴンザレス四姉妹 画像は「Murderpedia」より引用

 その後、売春宿を取り仕切っていたゴンザレス姉妹は、国境を超える金を工面するために所持品を質屋に売ろうとしているところを逮捕された。主犯として逮捕されたのは、デルフィナ・ゴンザレスとマリア・デ・ヘスス・ゴンザレス。彼女たちは、もう2人の姉妹、マリア・デ・カルメン・ゴンザレスとマリア・ルイーサ・ゴンザレスに手伝わせ、複数の売春宿を経営していた。「天使の牧場」と呼ばれる、世にも恐ろしい売春宿を――。


■DV、鐘への執着…… 四姉妹の生い立ち

 ゴンサレス四姉妹は、メキシコ中部ハリスコ州の貧困地区エル・サルトデ・ホァナカラトランで生まれ育った。父親は毎日のようにDVとモラハラを繰り返す男で、4人は暴力を振るわれながら育ったという。メキシコが独裁者ポルフィリオ・ディアス大統領に支配されていた時代、父親は地元の警官役を買って出て、高圧的な態度で地区のボス的存在となった。娘が化粧をしたり、露出度の高い服を着ると、罰として刑務所に放り込むようなメチャクチャな父親だった。

 暴力的だった父親は、ある日、気に入らない相手と口論になり、カッとして相手を撃ち殺してしまった。この事件が原因で、父親は数多くの敵を作るようになり、一家はグアナファト州の首都サン・フランシスコデル・リンコン、通称サン・パンチョへの移住を余儀なくされた。貧困と暴力の中で育った娘たちは、成長するとともに金に執着するようになり、さまざまな方法で稼ぐようになった。そして、それぞれが稼いだ金を出し合い、酒場の経営を始めた。酒場は繁盛したが、金儲けにはならず、相変わらず食べるのがやっとという貧しい生活が続いたという。

コメントする

お名前
コメント
画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。

18歳未満閲覧禁止

ここから先のコンテンツには、過激でグロテスクな表現と画像が含まれます。そういったものが苦手な方は、強い精神的不快感を覚える可能性があるため閲覧はお控えください。また、18歳未満の方の閲覧を禁止いたします。閲覧される方は必ず各自の責任を持ってご覧下さい。

閲覧しますか?