>  > 「あの夜が人生を大きく変えた」『クレイジージャーニー』出演・丸山ゴンザレス

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アジア「罰当たり」旅行 改訂版』(彩図社; 改訂版 )

 TBS系列の深夜バラエティ『クレイジージャーニー』で、ひときわ強い存在感を放つのが、危険地帯ジャーナリストの丸山ゴンザレスだ。世界各地のスラムに踏み入り、そこに暮らす人々の生活実態や犯罪の実情を探る姿が、刺激を求める視聴者の支持を集めている。

 そんな丸山のデビュー作が、2005年に出版した『アジア「罰当たり」旅行』だ。まだ20代だった丸山が、アジアを旅して遭遇した珍事や、「罰当たり」な体験を綴った旅行記である。この度、新しいエピソードを加筆した『アジア「罰当たり」旅行』を、6月13日に刊行! 処女作刊行から10年を経て感じるアジア諸国の変化と、丸山自身の旅の変化について伺った。

--丸山さんは、いつから旅に興味を持ち始めたのでしょうか。

丸山 親父の趣味がアウトドアで、小学生の頃からちょっとした冒険に連れて行かれていました。山奥までキャンプしに行ったり、日本の名水100選に入らない、親父いわく「伝説の湧き水」を汲んで、コーヒーを淹れたりしていましたね。高校生になると、夏休みや春休みに青春18切符を買って、1人で国内を旅するようになりました。

—-国内旅行を経て、1998年に初の海外渡航を試みたんですね。

丸山 当時は、旅に出ようという気運が大きくて、東南アジアに行くと大学生がたくさんいました。96年に『進め!電波少年』で猿岩石がヒッチハイク旅をして、タイ国際航空の「タイは、若いうちに行け」のCMが流行って、沢木耕太郎先生原作の『深夜特急』のテレビシリーズも放送されたので、バックパックの入口はタイというイメージが強くありましたね。とはいえ、バンコクまでのチケットは当時結構高かったんです。すごく安い時期で7〜8万くらいでしょうか。ノースウエスト航空とかエア・インディアがお手頃価格で人気だったんですが、深夜発早朝着の便でしたね。それで行くことが多かったですね。おかげで、バンコク行く時に昼間の移動だと、いまだに違和感ありますよ。

--最初に行った時は、何日間の旅を想定していたのでしょうか。

丸山 航空券をオープンで購入して、帰国日は決めていませんでした。大学生は、授業が始まる前にきっちり帰った人もいたし、戻らない選択をした人もいましたね。僕は授業が始まってから2週間経った頃に帰ってきたことがあって、「旅しちゃってました。すいません」って、先生に頭を下げていました。今思うと、結構イタい奴だったな~って思いますね。


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丸山ゴンザレス


--滞在期間が長くなると費用もかかりますよね。

丸山 当時言われていたのは、航空券込みで1カ月10万円。宿代込みで1日500〜1000円が相場でした。タイとかインドでも1食が30バーツとか30〜40ルピーで、1食100円しなかったですね。当時よく見かけた光景ですが、旅をしに来ているのに、みんな宿から動かなくなってお金を使わなくなるんですよ。そのうち自己矛盾に苛まれて、「もう来たくない」「何しに海外に来たんだろう」って言い出す人もいましたね(笑)

—-『アジア「罰当たり」旅行』には、バンコクに着いて早々に、衝撃の洗礼を受けたエピソードが書かれています。

丸山 僕としては、風俗で出会った相手の子が実はニューハーフだったことよりも、その一部始終を宿の連中が見ていたことの方が衝撃として大きかったです。でも、そういう事件を一つ起こすと仲間として打ち解けやすくなるんですね。初渡航から数年は、その頃に出会った人たちと交流しながら旅を続けていました。そういう意味で、初日の夜が人生を大きく変えたなと思います。

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