>  >  > 【閲覧注意】ナチスに虐殺された死体だらけの洞窟

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画像は、「Telegraph」より

 2013年10月11日、エーリヒ・プリーブケという100歳の男がイタリアのローマで亡くなった。かつてナチス・ドイツ親衛隊の将校だったプリーブケは、第二次世界大戦中にユダヤ人75人を含む335人が虐殺された“アルディアティーネ洞窟の虐殺”に関わったとされる人物だ。

 イタリアのアルディアティーネ洞窟で虐殺が行われたのは、1944年3月24日のこと。その前日となる23日、イタリア人のパルチザン(武装勢力)にナチスの親衛隊員や警察官33名を殺害された報復として、アドルフ・ヒトラーによって直々に命令が下された。そして先月29日、動画共有サイト「LiveLeak」に、虐殺後のアルディアティーネ洞窟の様子が公開された。

 虐殺からどのくらいの年月が経った時点で撮影されたのかは不明だが、洞窟に放置されたまま多くの死体は白骨化している。どうやらこの映像は、死体を一体ずつ洞窟から運び出す作業中に撮られたようだ。動画の最後には、棺のようなものに入れられた死体が数多く映し出される。


■受け入れを拒否され続けたプリーブケの遺体

 ドイツの敗戦後、捕虜収容所にいたプリーブケだったが、脱走に成功してアルゼンチンへと逃亡。その後、50年あまり同国で自由な暮らしを送っていたが、アメリカの民間放送ネットワーク「アメリカン・ブロードキャスティング・カンパニー」が報道したことが契機となり、1994年にアルゼンチン政府に逮捕された。そして翌95年にイタリアへ引き渡されると、98年には終身刑の判決が言い渡された。その後、高齢のためローマ市内の担当弁護士宅で拘禁されていたのだが、前述の通り2013年に100歳でこの世を去った。

 しかしプリーブケの遺体は、出身国であるドイツ、死没地のイタリア、逃亡先だったアルゼンチン、いずれの国も受け入れを拒否したことから埋葬できない状態になってしまった。プリーブケ自身は、アルゼンチンに眠る妻の隣に埋葬されることを望んだが、アルゼンチン側が受け入れを拒否した理由のひとつは「ネオナチ信仰者の“聖地”になること」を恐れたからだそうだ。

 だが、死後8日が経った2013年11月19日、プリーブケの弁護士が「遺体をイタリア国内の“秘密の場所”に埋葬する」と発表した。しかし弁護士はその後、埋葬地について「ドイツになる可能性もある」と発言しており、正確にはどこに葬られたか現在も明らかになっていない。
(文=北原大悟)

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コメント

2:匿名2016年9月 5日 22:56 | 返信

※1
同意

最近、人間を物みたいに表現する人増えたな。
最低だわ。

1:匿名2016年9月 5日 21:45 | 返信

ざっくざく出土とかどうなん?
小判とか財宝じゃないんだかろもうちょっと考えろと

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