>  >  > 奇習! 赤子の“間引き”で保たれた「美男美女村」

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イメージ画像:「Thinkstock」より

【日本奇習紀行シリーズ】 神奈川県東部

 1980年代から2000年代前半にかけての美容整形ブームの際、男女の容姿に関係するコンプレックスに乗じて高額な整形を勧めるコンプレックス商法が台頭し、その容姿に悩む人々を絶えず翻弄してきたが、それよりも遥か昔の明治末期には、そうしたコンプレックスの元ですらも「なかったこと」にしてしまうという、なんとも恐ろしい習慣が存在していたという。


「まあ、平たく言えば、なかったことにするっていうことです。あの地域には容姿の醜い人間はいてはいけなかった。だからなかったことにするっていう。そういう習慣です」


 自らが生まれ育ったという神奈川県東部の、とある地域に存在していたという“容姿に関する奇習”についてそう語りはじめたのは、現在、埼玉県の親戚筋に身を寄せているという中本義実さん(仮名・81)。中本さんの話によると、その地域では美形の男女しかおらず、近隣でも評判の地域となっていたという。


「美男美女しかね、いない地域ですからね、そりゃあもう近隣でも評判でしたよ。男たちは“美女村”だなんていうし、女たちは“美男子村”なんて勝手な呼び名で持てはやして憧れたりしてね。けど、自然にそうなったならばまだしも、わざわざそうしたんだから、そのカラクリさえ知ってしまえば、別に驚くほどのことじゃないんですよ、そもそも」


 しかし、この地域においてそうした不可解なバランスで“美男美女集落”という状況が保たれていた背景には、明治末期まで行われていたという、この地域特有の習慣が大きく影響しているのだという。


「まずね、もともと美男美女が夫婦になっているわけだから、子どももそう極端に器量の悪い子なんて生まれてきやしないわけです。でも、たまたま生まれる場合だってある。そうするとね、みんなであれやこれやと意見を出し合って、その子を育てるかどうかを決めるっていう。要は赤ん坊の品評会みたいなもんですわね」

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