>  >  > 地面に“生えた”死人の首、野獣が完食したら…

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イメージ画像:「Thinkstock」より

【日本奇習紀行シリーズ】 鳥取県南部

 古代エジプトの社会においては、人が死ぬと、人間は肉体側に宿る精神物質ともいえるものと、他宗教における霊魂のように大気中に放出されるものとに分かれ、それが再度結合した際に、さらなる高みの存在へと進化できるという考えから、死後もミイラという形で遺体を保管していたとされる。それに近い思考に基づいた風習は、実はかつての我が国にも存在していたのだという。


「ああ、ありましたよ、たしかに、私がね、子どもの頃までは当たり前のようにやってたものです。今じゃさすがに誰もやっちゃいないと思いますけれどね」


 昭和初期まで続いていたというその習慣について語るのは、鳥取県のとある地域で生まれ育ったという中崎長次郎さん(仮名・96)。中崎さんの話によると、彼の故郷である鳥取県南部のとある地域では、人が死ぬと、一風変わった埋葬の仕方をしていたのだという。


「死にますとね、“埋(い)ける”んですよ、首だけ出して。それを運ぶの、山の中に。そうするとね、神さんになれるんですよ」


 中崎さんの話をまとめると、当地で人が死んだ場合、いわゆる「葬式」にあたる儀式を終えた後で、縄文時代の甕棺(かめかん)のような土器の入れ物に遺体を入れ、首から上だけを出して、その余白ともいうべきスペースに高温に熱した砂を注ぎいれるのだという。そして、その棺を山車のようなものに乗せて山深い場所に運び、土中へと埋ける。無論、その際に頭部は棺の外に出たままであるため、遠巻きに見ると、土から人の首だけが“生えた”なんとも無気味な状態になるという。


「よその人からすればですね、気味の悪い話かもしれないですけれどもね、なにせね、ちゃんとあの世にいけるかどうかが決まるもんですからね、私ら村の人間は真剣ですよ。それに、場合によっちゃ神さんになれるかもわからない。だからとてもね、大切なことなんです」

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