>  >  > スマトラ島沖地震から12年、津波死者ゼロ地域の謎

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イメージ画像:「Thinkstock」より

 2004年12月26日、インドネシアをスマトラ島沖地震(M9.1)が襲ってから12年が経つ。1900年以降としては世界で2番目に大きい規模の地震であり、発生した巨大な津波は遠くアフリカにまで到達、各国で合計22万人という想像を絶する数の人命が奪われた。当時タイでは、国際リゾート地のプーケット島をはじめ、アンダマン海に面した南部6県が大きな津波被害を受け、5千人以上の死者が出ている。ところがプーケット島には、驚くべきことに“犠牲者ゼロ”の地域が2カ所あったのだ。今回は、その経緯を紹介するとともに、日本も決して他人事では済まされない津波から助かるためのノウハウを考えたい。


■1200人を救ったモーケン族の伝承

 プーケット島は南北に40キロと細長く、面積でいうと淡路島に近い大きさを誇る。そして、島の南端に位置するラワイ地区には、モーケン族という海洋民族が住んでいる。タイやミャンマーに住む海洋民族で、「海のジプシー」の異名を取る彼らは、ほぼ1年中を海上で過ごす。もともと国籍がなく、定住地をもたないモーケン族だが、タイの定住政策によりプーケットやスリン諸島で暮らすようになった。

 武蔵野学院大学特任教授の島村英紀氏は、自身のホームページ上で、ラワイに住むモーケン族の村を訪問した際のことや、津波発生時の様子を記している。

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モーケン族の子ども 画像は「Wikipedia」より引用

 2004年12月26日、朝7時45分に起きたスマトラ島沖地震では、震源地から遠く離れたタイも大きな揺れに襲われた。そして地震からしばらく経ち、「異常に潮が引いている」ことをモーケン族たちは見逃さなかった。彼らの間には、津波の前兆に関する言い伝えがあるうえ、潮の満ち干の度合いについて正確な知識も具えているため、すぐに危険を察することができたのだ。

 潮が引いたのは、津波が襲う20分前のことだった。先祖からの言い伝え通り、モーケン族はこれを津波の予兆と判断、集落の全員を村の高台へと避難させた。そして地震発生から2時間30分後となる10時半ごろ、タイ各地に津波が押し寄せた。タイ人や、リゾートビーチに休暇で訪れていた欧米人たちは、大地震や津波と普段は無縁という人々も少なくなかった。もちろん、当時は津波警報のシステムなどあるはずもなく、津波の第1波が襲ってきた後も、何が起こったのかわからないまま混乱し、ただ逃げ惑う者も多かったという。

 最高で20メートル近くに達したという証言もあるほどの大津波によって、タイだけで6千人近い人々が犠牲になった。しかし、モーケン族の1200人の村民は、全員が高台に避難していたため1人の犠牲者も出なかった。その中には、身体障害者や全盲の人も20人ほど含まれていたが、人々が助け合い、全員が無事だったのだ。

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