>  >  > 風化されゆく「三里塚(成田)闘争」 の地の今

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Ian McEntire

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三里塚

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左翼

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 多くの乗客を乗せてしきりに利発着を繰り返す航空機の機影を横目に見ながら、そのエリアへと足を踏み入れると、しんと静まり返り、ピンと張り詰めた独特の空気が、訪れる者の頬を撫でる。ここ三里塚周辺は、言わずと知れた闘争の歴史が、今なお色濃く残る地域だ。前回ご紹介した東峰神社よりも少し南側に位置するこの場所は、同社と同様、空港の中に飛び地のごとく点在する“島状エリア”の一角に位置している。


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 東峰神社の方から続く道を少し進むと、この地域では唯一の企業とも言える三里塚物産への入り口近くへと出る。神社周辺ほどの圧迫感ではないにせよ、周囲には相変わらず塀やフェンスが取り囲んでおり、その複雑な形状に配置された舗装道路の先には、ポツリと立つ民家と思しき一軒の建物が確認できた。「この先、生活居住区につき関係者以外の立ち入りを禁ず」という、他の地域ではまず見かけないような無機質な文字列が並ぶ立て看板が目を引くが、そうした奇異なものですらも、自然と溶け込んでしまうほどに、独特な空気が周囲を支配している。


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 そして、そのすぐそばには、木質のボードに手書きと思しきで記された「三里塚物産」の文字が。もともとこの地に存在していたであろう道の痕跡と、空港側から徐々に侵食されるようにして波状に広がる道路との不思議な曲線が、なんとも奇異な印象を与えるこの光景、この地域に流れ続けている周囲と隔絶された時と、そのギャップを心なしか体現しているように思われてならない。


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 なお、この三里塚物産、もともとは9名の死者を出した空港建設反対運動「三里塚闘争」の際に、県外から参加した有志によって立ち上げられた会社とのことで、彼らはこの地に根を下ろすと、農作物の加工・販売を手がけるようになったという。そのため、ネット上にある公式サイトの情報によると、現在もなお、千葉県の特産品の落花生やらっきょう、自然米といった農作物や加工品を製造・販売していることが確認できた。その商品は通信販売でも購入できるようなので、興味のある人はチェックしてみると良いだろう。


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 さて、そんな三里塚物産の所在を示す看板から少し歩くと、そこは意外なほどに静かで、長閑な時間が流れていた。もともと空港建設計画が持ち上がるより前の時代、当地は今よりも遥かに多くの農家がその作業に従事しており、当時の史料を見ると、こうした長閑な景色がもっと先まで続いていたそうである。しかし、1966年に突如として発表された建設計画に伴う形で、強引な買収活動が始まると、彼らの多くはそれまで心血を注いで耕してきた田畑を手ばなすことを余儀なくされた。要はその際に買収に応じず、その後に起きた一連の「三里塚闘争」を経ても、農家であり続けることを選んだ人々だけが、現在もなお、当時と同様に、農業を続けているのだという。

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コメント

2:匿名2017年1月10日 18:37 | 返信

誤字あり
離発着

1:匿名2017年1月 9日 20:40 | 返信

現在三里塚の当時の住人(戸籍登録者)はすべて亡くなったと聞きますが、誰が所有権を有しているのでしょうか。
行政は今後どのような対応をしていくのでしょうか。
追取材をお願いします。

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