>  >  > 【閲覧注意・取材】30年ぶりのグロテスク・レーベル復活

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安達かおる・三枝進

 三枝進、安達かおる。

 ともに日本を代表をする“ドキュメンタリーの巨人”である。そしてその活動ジャンルは、どちらもエクストリームの極致。前者は死屍累々の死体を求めて世界中を飛び回り、1980年代~1990年代にかけて世界を席巻した日本産残酷ドキュメンタリーの中心的作家であり、後者はアダルトビデオ創成期からアイドル的な美少女AVというメインストリームの表現に背を向け、極限まで女優を追い込む手法でその裏にある真実を暴くドキュメンタリー作品で名を馳せたAV監督である。

 両者共に、人呼んで“鬼のドキュメンタリスト”――もはや心に闇のある輩なら知っていて当然の事実ではあるが、日本が誇る孤高の映像作家、三枝と安達は同一人物なのである。

ニッポン残酷ドキュメンタリーの祖=三枝進監督インタビューはコチラ
“抜けないAVの帝王”安達かおるのインタビューはコチラ

 ここで再び、話を三枝進に戻そう。

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画像は『ジャンク 全6作 Perfect Box』より

 前述のようにAVの極北を突き進んでいたAV制作業と並行して、マッドビデオなる残酷ドキュメンタリーのレーベルを立ち上げ、『ジャンク』『デスファイル』を自社で出し始めたV&Rプランニング。そこで追求されたのは、死体解剖、あらゆる動物の屠殺、奇祭、奇形、外国の革命と独裁者の処刑、オカルト……三枝進の頭の中にある、ありとあらゆる興味関心の対象が赤裸々に蒐集されたその映像群は、ネットも普及していない1990年代初頭において、日本人が初めて見る類の貴重な映像ばかりであった。

 そして、その映像をたったひとつのAVメーカーが作り続けていたという事実が、何よりも驚くべき事実であろう。それを実現したのは三枝のかつて身を置いたテレビ業界への失望、そして簡単に真実をタブー視してしまう一般世間への激しい怒りに他ならない。

安達「撮ってるカテゴリーはAVでも、口でいうほど、AVを撮っていたって感じではなかったんですよね。やっぱり、人間の《光が当たらない部分》が撮りたいだけでね。やっぱりセックスをって、自分の中のイメージですけれど、《死》に結びつくんですよね。“人間は死に向かって邁進していくがゆえに、自分の子孫を残さなければいけない”みたいなところで、一生懸命セックスをする。人間はたまたま、一生のうちに何回もセックスを楽しんで死んでいくんですけども、子孫を作ってその場で息絶える動物だっているわけですから、やはり、《セックス》《性欲》ってものが、僕の中では《死》に結びついてる。やっぱり、テレビとかマスコミでは“楽しんで生きよう!”とか言いますけど、《死》というものを意識しないと、《生》は浮き上がってこない気がするんですね。やっぱり、《生と死》は表裏一体だから。“楽しく生きよう”ってことだけを考えてると、片手落ちなのかなぁと。その証拠に《性と死》はタブーだらけです。だから、“死ねばこうなるんだよ”ということをやるんでしょうね」

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映画『ジャンク』より

 三枝の中では、マニアAVと残酷ドキュメンタリーという、ごく自然に2つの極北を突き進んでいた。劇場映画『ジャンク』で始まったその路線は、やがて自然な形で死体ビデオ『デスファイル』へと繋がっていった。

――『ジャンク』は映画という枠でしたが、『デスファイル』はいわゆる“死体ビデオ”と呼ばれるジャンルでしたね。あの作品を最初に出した時は、周りからの反響はいかがでしたか?

安達「直接ああだこうだという反応はなかったですが、意外に否定よりは評価していただく手紙なんかを貰いましたよね。ビデオも“こんなに売れていいの?”っていうくらい売れましたしね」

 一時期はAVの制作費を死体ビデオの売り上げで支えていたというような時代もあったという。

――『デスファイル』のロケには、どういうルートで行っていたんですか?

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映画『ジャンク』より


安達「あの時は、主に南米と東南アジアなんですよね。新聞社とか警察にあたりをつけていくんです。南米なんかは明かすことはできませんがエッという組織や個人からの流出が多いですけどね。東南アジアではまず警察の下部組織があって、死体処理会社を一手に引き受けるボランティア団体があるんですよ。そこの理事みたいな人を知ってたんで、そこからいけましたね」

――一時はタイとか北米、南米なんかにV&Rの支社があったそうですね?

安達「そうですね。『V&Rバンコク』や『V&Rサンパウロ』っていうのもありましたしね」

――実際に安達さんが殺人の現場に行って、カメラを回したんですか?

安達「もちろんありましたよ」

――実際に死体を撮るという行為はどのようなものでしたか?

安達「やっぱり、カメラを通して見る死体は、もの凄くクールに見てしまうというか……でも、撮影が終わった帰りの車だとか、1回ファインダーから離れて、カメラを置いちゃうと一種独特のこみ上げるものがありましたよね。臭いが戻ってくるような感じもありました」

――今思い出に残る現場、これはキツかったなって現場はありますか?

安達「車のトランクに3つ死体が入ってるやつですね。しかも、それが死後3週間ぐらい経ってて……」

――それは『ジャンクⅤ 死のカタログ』のですね。そんなに凄い臭いでしたか?

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ビデオ作品『ジャンクⅤ 死のカタログ』より

安達「撮ってる時はね、そうでもないんですよ。多少、“臭うな”ぐらい。でもカメラを置くとやっぱり、現実に戻るんですね。あと、記憶にあるのはブラジルのファベーラで撮ったヤツだ。胎児。死体ではないんですけど。たぶん、胎児ですよね。自然に分娩されたのか、流産なのか知りませんけど、人間の形をした、本当にこれぐらいの胎児が下水にあって。あれは、普通の成人の死体とはまた違う感覚を得ましたね……。なんだろう。成人っていうのは、ある意味、過去が断たれるわけじゃないですか? でも、胎児は将来が断たれる。まぁ、成人も未来を絶たれるんですけれど、なんか感覚が違うなと思いましたね。そのふたつは自分の中で今も明確に覚えてて、やっぱり忘れられないですね」

――死亡の現場には泣いてる人もいるわけじゃないですか。そういう環境でいたたまれなくなって、撮影を中止するみたいなことはありましたか?

安達「それはないですね。あれがカメラの残酷なところですね。カメラってある種、権力を持ちますよね」

――確かにひどい言い方をするなら、チャンスですからね。向こうのピンチがこっちにはチャンスになってるわけじゃないですか。かなり人格が変わるのは仕方がないのかもしれないですね。

安達「やっぱり、人格変わるよね。カメラを置くと、相当、ひどいことをしたなと自分に対しての問いかけもあるし。だから、僕がAVでやっている“女の子を追い込んでいく”っていうのも、カメラがなければできないような気がする。カメラって非常に人格を変えていくっていうか、違う自分になれるからね。やっぱり、iPhoneとかスマホも含めて、映像を撮るっていうのは、人間を変えていくよね。自分の人格が乗り移っちゃうんだよな、そこになぁ……」

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アメリカンギニーピッグ ブラッドショック!! [DVD]』アースゲート

 そんな人間の尊厳の奥底を見つめ続けるような現場の連続で作られていた死体ビデオの『デスファイル』は、1980年後半~1990年代前半にかけて、空前のヒットを記録し続けていた。だが、その絶頂期に、そのビジネスは突然の終焉を迎える。その原因となったのは、三枝が製作に関わっていた、ある殺人犯とのエピソードで悪名高い、投稿ビデオの形を借りた残虐ホラービデオ『ギニーピッグ』だった。シリーズの2作目『ギニーピッグ 血肉の華』(1985年)は、チャーリー・シーンが「本物のスナッフ・ビデオがある!」とFBIに通報したというニュースで、アメリカでも大きな話題となった作品である。

安達「『ギニーピッグ』は監督の人が他にいるんです。あれは、僕がサラリーマン時代にスタッフとして加わってただけなんですよ。『ジャンク』は自分のプロデュースですが、あの作品の僕は制作担当、制作進行みたいなもんですよ。ただ、『オレンジビデオハウス』ってレーベルで出したんですが、その会社がなくなって、前の会社の社長と懇意にしてもらってたってのがあって、V&Rで1回再リリースしてるんですよ。そこで、たぶん、V&Rが作ったみたいな噂が流れたのかなと思うんですけど」

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