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【健康・医療情報でQOLを高める~ヘルスプレス/HEALTH PRESSより】

梅毒は知的能力を高める? 数多くの文学者・芸術家たちを悩ませた梅毒史の画像1
梅毒を引き起こす梅毒トレポネーマ(http://jp.depositphotos.com)

 日本で20代女性に梅毒が急増している。国立感染症研究所によると、2010年以降梅毒の報告数は増加傾向に転じており、昨年の感染者数は42年ぶりに4000人を超えた。

 梅毒は、スピロヘータの1種である「梅毒トレポネーマ」によって発生する感染症だ。その昔、数多の文学者・芸術家を悩ませたため「文明病」と捉えられたこともあった。

 ハンセン・フレネの言によれば、「特別に恵まれた頭脳を持つ梅毒患者は、知的能力が異常に上昇し、並外れた作品を残すことがある――」。この<梅毒天才説>にエビデンスを求めることは永遠に難しそうだ。

 クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸から梅毒をヨーロッパ大陸に持ち帰ったのが1493年。その1年後、母国スペインのみならず、フランス・イタリアなどヨーロッパの国々を猛烈な勢いで梅毒が席巻した。

 現在、梅毒は慢性感染症の代表的疾患だが、流行の当初、多くの人が死に至る急性の病気だった。

 ルネサンス期の西洋では、<梅毒は美男・美女の勲章>のようにみなされていた。この不治の病は、ボードレール、モーパッサン、フローベール、ハイネ、ドーデ、ドストエフスキー、ニーチェ、ゴーギャン、マネ、シューマンといった数多くの文学者・芸術家たちを悩ませた。ベートーヴェンの梅毒説も根強い。

 ちなみに、日本の文学者・芸術家には梅毒より結核が多い。18~19世紀に佳人薄命、天才の病とされたのは結核だった。

 1512年、コロンブスがヨーロッパに梅毒を持ち帰ったわずか19年後、梅毒は琉球王国(沖縄)そして長崎へと広がった(京都の竹田秀慶が「月海録」に唐瘡として記述)。その後、わずか1年でこの<性行為感染症>は北日本まで到達した。

徳川家康は遊女に接することを戒めた

 1639年、江戸幕府は鎖国政策を実施。長崎出島での貿易相手国はオランダ、中国、朝鮮、琉球の4カ国に限られた。江戸は100万人を抱える大都市へと発展し、交通網の発達、上下水道の普及など、当時でも世界第一級の都市として繁栄した。

 梅毒が性行為感染症であることは古くから経験的に知られており、徳川家康は遊女に接することを自ら戒めていたという。

 一方、1626年には江戸幕府公認の吉原遊郭が設けられた。江戸期の遊女は実に8割が梅毒に罹患していたらしい。脱毛が最もよく知られた第2期梅毒の症状だった。

 感染後3年ほどすると<鼻欠け>が生じ、皮膚の結節性病変、ひどい関節痛、内耳病変による難聴、眼球病変による失明、最終的には脳病変による歩行不能、嚥下困難が生じて死に至った。

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