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――絶滅映像作品の収集に命を懸ける男・天野ミチヒロが、ツッコミどころ満載の封印映画をメッタ斬り!

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※画像:『盲(めくら)坊主対空飛ぶギロチン』

『盲(めくら)坊主対空飛ぶギロチン』
1977年製作・台湾
監督・脚本/屠忠訓
出演/勝利太郎(酒巻輝男)、陳鴻烈ほか

 さまざまな豪快伝説で有名な名優・勝新太郎。以前このコラムでは勝がトンデモ鬼畜坊主を演じた『不知火検校』(60年)を紹介したが、今回は6月21日に没後20周年を迎えたということで、代表作『座頭市』に絡んだ幻の映画を取り上げたい。

 1960年代から1970年代にかけて中国を中心にアジア広域で『盲侠』(『座頭市』の中国語タイトル)が爆発的ブームを呼んだ。中国文化圏の大衆娯楽には、登場人物たちがカンフーや剣術などの武術を駆使して活躍する「武侠映画」と呼ばれる任侠アクション映画の伝統がある。目の不自由なヤクザ者が、仕込み杖による超人的な居合い斬りで悪者どもをバッタバッタと斬り倒す。これが武侠映画で目の肥えている中国人にも受け容れられたのだ。

 そこで『座頭市』の大映とは友好関係で共同制作もしていた香港のショウ・ブラザーズは、ブルース・リーがブームになる前のトップ・アクションスター、ジミー・ウォングを主演に、盲目を片腕に置き換えた『片腕必殺剣』(67年)を大ヒットさせる。1970年、ウォングはショウ・ブラザーズから独立したレイモンド・チョウのゴールデン・ハーベストに移籍し、本家・大映との合作『新・座頭市 破れ! 唐人剣』で、「座頭市VS片腕剣」が実現する。その後、ゴールデン・ハーベストが、ブルース・リー、ジャッキー・チェン、ホイ兄弟などを擁して、香港きっての映画製作会社に成長したのは周知の通りだ。

 しかし一方では、我先にと小さなプロダクションもブームに便乗し数々のニセ座頭市が誕生し(のちブルース・リー登場でも同様の現象が……)、とんでもない珍品まで作られてしまった。それが裏『新・座頭市 破れ! 唐人剣』とでもいうべき、『盲(めくら)坊主対空飛ぶギロチン』だ。

 オープニングのキャスト紹介で主演にクレジットされた俳優名が、日本語で「勝新太郎(ソックリショー)」と出る。表記の仕方に問題アリ(笑)。もちろん大映にも勝プロにも無届けだ。この人、本名は樫本鉄雄といい、素人参加番組『スターそっくりショー』に出演し趣味でやっていた座頭市のモノマネを披露したところ、これを気に入った司会者から自分の芸能プロダクションに誘われ、「酒巻輝男」の芸名でコメディアンになったのだ。

 酒巻は『好色坊主 四十八手斬り』(69年)などに座頭市の形態模写で出演した後、台湾進出を試みていた事務所の方針により「勝利太郎」という芸名で台湾デビュー。そして当時台湾でもブームだった座頭市に便乗した『盲侠・血滴子』、つまり『盲(めくら)坊主対空飛ぶギロチン』の出演に至ったのだ。これが当たって作品はシリーズ化され、しばらく酒巻は台湾・香港で俳優生活を送った。芸能界を引退後はホテル経営者に収まっている。

 ジミー・ウォング主演の『片腕ドラゴン』(71年)が、日本でもブルース・リー・ブームに乗る形で1974年に公開された。その後ウォングは『血滴子』(75年)という作品で、長い鎖の先に複数の刃が付いた中国帽みたいな袋があり、それを相手に投げつけ頭にかぶせて首まで覆い、鎖をグイッと引くと頭が切断されるという武器を駆使する。これはタイトルにある「血滴子」と呼ばれ、日本では『空とぶギロチン』という邦題で近年ソフト化された。

 そして両作の要素を合わせた『片腕カンフー対空とぶギロチン』(75年、日本公開78年)が製作され、日本や欧米で絶大なカルト人気を呼ぶ。作品の大ファンであるクエンティ・タランティーノは、『キル・ビル』でGOGO夕張(栗山千明)が振り回した武器にオマージュを込めた。

 これらを下地に『盲(めくら)坊主対空飛ぶギロチン』は、カンフーマニアや座頭市マニアの間でカルト化された。さて、いつものようにあらすじを紹介しよう。

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