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TALK is LOFT 新宿ロフトプラスワン事件簿』(ロフトブックス)

 いまやサブカルチャー系のイベントにはなくてはならないものになりつつあるトークライブ。しかし、20年以上前、トークイベント自体が珍しく、ましてやそれを専門としたライブハウスなど存在しなかった。トークライブハウスという未開拓の地を切り開き、ロフトプラスワンをその筆頭に育て上げた「株式会社ロフトプロジェクト」代表取締役の平野悠氏が、『TALK is LOFT 新宿ロフトプラスワン事件簿』(ロフトブックス)を7月31日に上梓したと聞き、平野氏に話を聞いた。


――今でこそメジャーなトークイベントですが、平野さんがロフトプラスワンをつくった当時は珍しかったと。そもそも、なぜトークイベント専門のライブハウスをつくろうと考えたんですか?


平野悠氏(以下、平野) 1970年代、ロックのライブハウスを数軒とレコード会社、プロダクションなどを経営していたんだけど、当時の日本のロックは、大手レコード会社などにまったく相手にされていなかった。一部のバンドを除いて、ほとんどが英語で歌っていたしね。そうしないと世界で通用しないからって。そういった認識にとらわれてしまった結果、多くのバンドが欧米のコピーバンドのように俺には聞こえたね。

 そこに、はっぴいえんどや大滝詠一をはじめとするミュージシャンが、日本語でロックを歌い始めると、日本のロックはこんなにも面白いんだ、と認識が改められて市民権を得た。

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※画像:平野悠氏(C)大参久人

 それと同時に、それまで見向きもしなかった放送局やレコード会社、中には不動産系の会社もあったけど、そういった大資本が「これは金になるぞ」とライブハウスに青田買いに来るようになったんだ。偉そうだけど、そういった日本のロックバンドが次々と商業に翻弄される姿を目にしちゃった。でも、当時の俺の力では、大資本には到底太刀打ちできないなと感じ、嫌になっちゃったんだ。

 そこで新宿ロフト以外は、全部閉めて、俺は世界中をバックパッカーとして旅をし、最終的にはドミニカに行き着いた。日本の音楽情報がまったく入ってこないドミニカに、5年ほど住んでから、帰国して当時はやっていたロックを聞いてビックリしたね。だって、歌詞にまったく意味がない曲ばかりだったから。俺はウッドストックで育ち、歌詞はメッセージだし、ロックは反権力だという考えを持っていた。でも、そうじゃない曲がヒットしている様を見て、自分の居場所がないと感じたんだ。そこで、下北沢に下北シェルターというライブハウスをつくって、もう一店舗は自分の好みの店をつくろうということで、ロフトプラスワンの営業を始めた。

――当時なかったトークイベントのライブハウスですが、どんなイメージを持ってつくったんですか?

平野 95年にふらっと入った居酒屋で、見ず知らずの客同士が、店主が話す知らない世界の話を通し、一体となってコミュニケーションを始めたことで、自分の知らない世界の話を聞くことの面白さを感じたから、そういった空間をイメージしたよ。誰々が出演しているからその店に入ろう、ではなく、ふらっと入った店で、自分のまったく知らない話をしているけど、そこについ入り込んじゃった、あるいはその店に行けば何か面白いことに出会える、と思ってもらえるような店作りが最初のイメージ。

 最初は、歌舞伎町ではなく、富久町にロフトプラスワンをつくったんだけど、俺が『エド・サリヴァン・ショー』(註 かつてアメリカで放送されていたエド・サリヴァンが司会を務めたトーク主体の番組)のエド・サリヴァンのように司会となり、一番面白い話をしながら飲んでいるテーブルにマイクを置いて、お客さんに「何か話してよ」とうながす。そうしたら、何かが起こるだろうかとね。利益を考えていなかったから、そういう発想になったんだろうね。その頃は、新宿ロフトの経営が調子良かったからできたのかもしれない。それにまだその頃は、新作映画の公開前後に映画監督が話すくらいで、トークイベント自体を誰もわかってくれなかった。だから、開店して1ヶ月ほどは、週末だけの営業で赤字だったし、出演者もタダで酒飲ませるからと友達に頼んで出演してもらってた。

 そのうち、オタクやAV監督、そして過去に犯罪歴があるような、社会の影に隠れていたり、マスコミから無視されていた人の中で、俺が興味ある人を出演させるようになると、お酒を飲みながら面白いトークイベントを聞けるライブハウスがあると少しづつ話題になり、お客さんが集まるようになった。3年ほどで富久町のロフトプラスワンは手狭になり、現在の歌舞伎町に移転したの。出演者の中でも、特に喜んでくれたのは、唐沢俊一や岡田斗司夫、眠田直といったオタクアミーゴス。他にもAV監督や映画監督、中森明夫のライターズデンは特に人気だったね。

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