>  > アフリカ人を殺しまくったヒトラーよりヤバい男

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント0

 ヒトラー、スターリン、毛沢東――悪名をはせる20世紀の虐殺者たちだが、その影に隠れ、歴史から忘れ去られた暴君としてレオポルド2世の名前がある。1000万人を超えるアフリカ人を死に追いやった非道なベルギー国王の悪行を、海外メディアが取り上げている。


■敬意なき葬列

 1909年12月、厳しい寒気に包まれたブリュッセルの街道を、長い葬列が通過してゆく。多頭引きの豪華な馬車の荷台に、ビロードの覆いのかかった棺が安置されていた。

kingleopold21.JPG
 画像は「Wikipedia」より

 この葬列は、40年以上の長きにわたり、ベルギーを治めたレオポルド2世のものであった。本来、深い敬意と哀悼の念をもって国民に見送られるべき瞬間であるが、この時ばかりはそうなり得なかった。

 国民の大半が、彼を嫌っていた。沿道からはヤジが飛び、不意に近づいた通行人が棺につばを吐きかけた。

 年老いた国王の評判は、なぜこれほどまでに低下してしまったのか? その背景には、レオポルド2世が死の直前まで固執した「コンゴ自由国」の存在があった。


■コンゴ獲得にみせた執念

kingleopold22.JPG
レオポルド2世 画像は「Wikipedia」より

 1865年、ナポレオン戦争を戦い抜いた父の後を継ぎ、30歳の若さで即位したレオポルド2世は、独立間もない祖国の行く末を案じていた。

 その折に彼の目に留まったのは、隣国であるオランダが経営していた南太平洋の植民地である。そして、彼は確信する。国家の偉大さは、植民地から得られる資源に比例すると!

 旧支配国・オランダのプランテーションが生み出す莫大な利益が、レオポルド2世の野心に火をつけて、彼は海を隔てた領土を渇望するようになった。彼は議会で弁舌をふるい、未開の土地を手当たり次第に物色し、著名な探検家であるヘンリー・スタンリーのパトロンとなって報告を待った。

 そうした努力の結果、レオポルド2世はついに、暗黒大陸と呼ばれたアフリカの中心部に列強の手の及ばない空白地を発見し、その土地をコンゴ独立国と名付けて我が物としたのである。

コメントする

お名前
コメント
画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。