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■「国に対して、もっと怒るべきだ!」と憤る監督自身が映画に登場

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撮影=編集部

――映画の後半部では、原監督自身が画面の中に登場します。その意図は?

原監督 裁判に同行してずっと撮影しているうちに、「国に対して、もっと怒るべきじゃないか!」というイライラが募っていきました。衝動やみがたく、私も登場人物のひとりとして画面の中に出て行かざるを得なかったのです。


■「被写体をいつの間にか、奥崎謙三と比べている自分がいた」

――後半、石綿裁判の原告団のリーダー格で、石綿工場の元経営者である柚岡一禎さんが、厚生労働省にアポなしで向かったりと、どんどん先鋭的になっていきます。あのようなシーンは、「もっと怒れ!」とおっしゃっていた監督が、裏で柚岡さんを先導していったように思えてしまうのですが。

原監督 それは違います。裁判が進むにつれ、彼の怒りが増大していったからそう見えるのです。裁判を進める中で弁護団は、「裁判に対する戦術・戦略」という話をしていくわけですが、柚岡さんにはそうした冷静な態度が我慢ならない。「戦術なんかいらない! 原告の感情はどうなるんだ!」と怒るわけです。そういったことで今度は、「弁護団には黙って、厚生労働省に行こう」などとという話になっていく。でも、「弁護団には秘密だけど、原さん、撮ってくれますか」というので、「撮ります」と。おかげで、感情がむき出しにされたシーンも撮ることができました。

 同時に、そうした柚岡さんの憤りは、私の抱いていた怒りともシンクロしていきました。そういう意味では、奥崎さんが戦争責任を問おうとかつての上官に殴り込みにいくシーンと、撮る側の気持ちとしては通底しています。ただ、柚岡さんの特徴は、そのように行動しても、弁護団に止められると、悩んで、結局「考えを撤回します」といって引っ込めてしまうこと。しかも、引っ込めたことを後でくよくよするという……。そこが本当に人間的で魅力的でした(笑)。そこは奥崎さんとはちょっと違いましたね。奥崎さんは自分の意思を絶対曲げないし、あの人は本当に行動してしまうから。

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c疾走プロダクション

――石綿訴訟の原告団が島根県の隠岐を訪れたシーンがあります。そこは、泉南地域の石綿工場で働いていた労働者の故郷で。その中で、がんで亡くなった人の親族に原告団が証言を依頼するが、家族は拒否します。玄関先で揉めているシーンは『ゆきゆきて、神軍』のようでした。

原監督 確かに、「拒否されてもどんどん突っ込んでいくべきだ」という思いでカメラは回していて、その時は、いつのまにか奥崎さんと比べていました。ただ、今回の被写体は、拒否されたら引っ込んでしまう人たちで、やはり奥崎さんとは違うんです。
(取材・構成/山辺健史)

『ニッポン国VS泉南石綿村』予告編「YouTube」より引用
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撮影=編集部

【プロフィール】

◆原一男監督
1945年、山口県宇部市生まれ。東京綜合写真専門学校中退後、養護学校の介助職員を勤めながら障害児の世界にのめり込み、写真展「ばかにすンな」を開催。1972年、小林佐智子と共に疾走プロダクションを設立。同年、『さようならCP』で監督デビュー。1974年、原を捨てて沖縄に移住した元妻、武田美由紀の自力出産を記録した『極私的エロス・恋歌1974』を発表。1987年には元日本兵の奥崎謙三が上官の戦争責任を過激に追究する『ゆきゆきて、神軍』が大ヒット。1994年、井上光晴の虚実に迫る『全身小説家』を発表。2005年、ひとりの人生を4人の女優が演じる初の劇映画『またの日の知華』を発表。映画を学ぶ自らの私塾「CINEMA塾」を不定期に開催している。


【劇場公開情報】

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c疾走プロダクション

原一男監督作品『ニッポン国VS泉南石綿村』
監督:原一男 
製作:小林佐智子
構成:小林佐智子 編集:秦 岳志 整音:小川 武
音楽:柳下 美恵 制作:島野千尋
イラストレーション:南奈央子
助成:大阪芸術大学 芸術研究所 JSPS科研費
製作・配給:疾走プロダクション
配給協力:太秦 宣伝協力:スリーピン

渋谷/ユーロスペース 絶賛公開中
横浜/シネマ・ジャック&ベティ 絶賛公開中
大阪/第七藝術劇場 3月31日より公開
大阪/シネ・ヌーヴォ 3月31日より公開
他全国順次公開

公式HP
http://docudocu.jp/ishiwata

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