• このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント2

Araki_4.jpg
イメージ画像

 KaoRiさんの「#MeToo」を受けて、端的に言えば本当に心が痛い。私には、強く印象に残って、かつて繰り返し眺めつづけたアラーキーの作品がある。もちろんその当時は、写真家とKaoRiさんの間の微妙な心理関係など知る由もなく、ある雑誌に掲載されたその写真に魅せられていたのだが。でも自分は、本当はどこかぼんやりとKaoRiさんが心の奥底で感じていた撮影現場での、その瞬間への違和感というか拒否感を感受して、それに向かって、自らの劣情を発していたのではないのか。

 裁かれる時代の側に立つことになった感受者としては、できることなら、自分の気持ちを裸にしてこれを受け止めたい。荒木経惟とか篠山紀信とか加納典明とか、わざわざ例に挙げて大先生方にはホント恐縮だけれど、誰彼という個人を糾弾する審判に矮小化されることなく、「時代が時代を裁く」という複雑性の中で、この「#MeToo」というムーブメントが有意義な議論を生むことを期待します。


石丸元章
1965年生まれ。代表作に『スピード』『KAMIKAZE』(文春文庫)、『霊園にて・bpm198- 』(東京キララ社.ヴァイなる文学選書)など。20歳の頃から『GORO』『投稿写真』といったヌードを掲載するグラビア雑誌で原稿を書く。

コメント

2:匿名2018年4月15日 18:20 | 返信

過ちを犯さずに成長するケースは少ない。
けれど、成長しない者は居ない。
何度も生まれ変わって魂は学ぶ。
誰もが「他人の嫌がることをしない」を心掛ける日が来る。
良い未来を応援しよう。

1:匿名2018年4月15日 14:29 | 返信

MeToo・・・民族によって意味が大いに異なる
世界=「私も被害者」
朝鮮=「私も加害者」

コメントする

お名前
コメント
画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。