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コミュ障だった僕が学んだ話し方』(集英社新書)

 フリーアナウンサーとして活躍する吉田照美さん(67)は、ラジオの時代が生み出した伝説的な喋り人だ。会話する相手が政治家であれ、アイドルであれ、街行く市井の人々であれ、自由自在な距離感でコミュニケーションを成立させる達人なのだ――と、思っていたら、照美さんの新著『コミュ障だった僕が学んだ話し方』(集英社新書)によると、実は!中学・高校から大学入学まで、対人恐怖症だったのだという。どうやって克服していったんだろう。話を聞きに行きました。


――対人恐怖症だった時期があると聞きましたが?

吉田照美氏(以下、吉田) 僕らが子どもの頃は「コミュ障」て言葉はまだなくて、「対人恐怖症」というか、そんな感じで呼ばれていたんですけどね。そういうのって、ある時期に、気づくと突然なるんですよね。きっかけは中学校の頃。すごく頭が良くて運動もできるクラスの女の子を好きになって。それまでは、僕は小学校も中学に入っても、楽しくやってきたんだけど、恋をしてふと自分のことを考えてみたら、勉強も特別できるわけじゃないしスポーツもできない。「もうこんな俺じゃ、彼女にぜんぜん釣り合わなくてダメだ~!」という、突然の自信喪失が湧き上がってきちゃって。そこからは暗くなる一方ですよ。


――なるほど。

吉田 そのコンプレックスが高校時代には“自分のすべてにダメ出しする!”というように黒く大きく育っちゃって、大学受験に失敗した浪人時代に絶頂を迎えるというね。劣等感ですよね。人に会いたくない。人に会うのが怖い。予備校なんかでも、あいつら僕のことを嗤ってるんじゃないか……と被害妄想が出てきたり。家では、昼間も雨戸を閉めきって勉強していてね。幻聴も聴こえてきましたからね。


――照美さんが幻聴を!

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吉田照美氏 撮影/編集部

吉田 いつものように雨戸を閉めきって部屋で勉強していたら、その夜がちょうど近所の八幡さまの盆踊りの大会で、三橋美智也の『炭坑節』のレコードがかかってるわけですよ。で、「うるさいな~」とイライラしながら勉強して寝るわけですけど……。朝起きても、まだ三橋美智也が聴こえてくるんですよ。あれ? もう朝なのにまだ盆踊りやってるんだ、と思って、久しぶりに雨戸を開けたら、パーッと明るい朝の光が部屋に射してきて、当然ながら盆踊りなんてやってないわけです。で、そのとき幻聴がピタッと止まった。これは、人生が暗い日々に起きた、怖かった出来事ですよね。今は笑ってますけど。

 一方で、好きな漫画家のつげ義春さんが若かりし頃に対人恐怖症だったり、好きな小説家の遠藤周作さんや安岡章太郎さんが3浪していることを本などで知って、そこに自分との重なるところを見つけて、少し安堵したりとか。いろんな意味で模索してました。

コメント

2:匿名2018年4月21日 01:51 | 返信

コミュ障どころか障害者だろこのサイコパス異常者は

1:匿名2018年4月20日 21:36 | 返信

ふっかいあなとか知っている私としては……
こんなところで再会したのが残念です。

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