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イメージ画像:「Thinkstock」より

 その年によって、「吉日」とされる日は異なるものの、当地で旧正月を迎える頃に行われるというその祭礼。牛尾さんの話によると、“お狐さん”を祭る神社の神職によって召集がかけられた村の男女は、それぞれ、代々伝わる狐の面をつけて神社へと向かい、全員が揃うと、自宅から身に着けてきた衣服を脱ぎ捨てて“パンツ一丁”ならぬ“狐面一丁”の状態となり、いわゆる“乱交パーティ”に近い状態で、互いの肉体を貪り合うのだという。無論、この時ばかりは“無礼講”とばかりに、妻や夫がいる男女でも、パートナーのことを一切気にせずに、朝まで乱れ狂う状態となるのだそうだ。

「……そりゃァ、女房がいようと旦那がいようとお構いなしだよ。なにせ、そもそも(狐の)お面をつけているわけだから、お互いの顔さえ見えやしないわけだもの(苦笑)。けどね、人間っていうのは、ホント、不思議なもんで、そういう状況になっても……いや、そういう状況だからこそなのかもわからんけれども、てめえの旦那や女房がどうなってるか気になるものでさ(笑)。私なんかもね、よそのカミさんやら後家さんやらを抱きながらね、見慣れた乳がどこにあるのか、お面の隙間から探したりしてね。そんでもって、“それらしい女”がだよ、よその男に抱かれて、甘い声なんか出してるのを見つけた日にはだよ、そりゃあもう、盛り上がっちゃってさ。下手すりゃ、てめえのナニよりもデカいのを突っ込まれて、お面越しにヒーヒー言ってるのを見て、変に興奮しちゃったりとかね(苦笑)」


 本来であれば、日頃はよく見知った関係でありながらも、狐面にその素性を隠されていることを良いことに、半狂乱の中で、自身の心の奥底に潜む願望と、それを満たしてくれる悦楽を、ただひたすらに求め続けるというこの祭礼。いわゆる“寝取り願望”or“寝取られ願望”のある諸姉諸兄にとっては、なんとも気になる話であると言えそうだ。
(取材・文/戸叶和男)


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コメント

1:何その養育費って(笑)2018年5月27日 22:47 | 返信

キモい内容だな
せくす依存は共依存と同じ依存の病気

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