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撮影=酒井透

 1981年10月16日、北海道夕張市の北炭夕張新鉱で、日本の炭鉱政策を揺るがすような大事故が発生した。地下約800メートルに位置する同鉱の坑内で大規模なガス突出(注)が発生し、同夜のうちに火災も発生した。この事故で作業中の鉱員と救援に駆けつけた救護隊員が坑内に取り残された。

 事故直後、火災の延焼による事業の損失を恐れた会社側が鉱員の家族側に提案した方法は、極めて非人道的なものだった。それは、『坑内に水を注入して火災を鎮火させる』というものだ。当然、救出を願っていた家族側は猛反発。しかし、会社側は、説明会に医師を同席させて、メタンガス濃度や一酸化炭素濃度、温度などを提示して、鉱員や救護隊員が“死”と隣り合わせにあることを強調した。

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撮影=酒井透

 会社に対する家族側の怒りと不信感は、日を追うごとに増していった。ところが、事故の6日目に会社側から、『綺麗な遺体を家族の元に返すために坑道を完全に密封するか、水没させて火災を鎮火させるしかない』という方向性が打ち出されると、怒りや不信感があきらめや焦燥感に変わった。坑道を密封する方法では、火災を鎮火させるには半年以上の日数が必要とされたからだ。そのため1万2600トンもの水を送り込んで坑内を水没させて消火するという決定が下された。

注:炭層や岩盤にたまっているメタンを主成分とする可燃性ガスが、突発的に高い圧力で岩石や石炭を伴って一挙に噴出するもので、突出量が多いと窒息死や埋没による事故を招く

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