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――「ニコニコプロレスチャンネル」MCの鵙屋まみ(もずやまみ)が寄稿! 6月29日(金)に開催される「鵙屋まみの喫茶デスマッチ」イベントに向けて、デスマッチの魅力を徹底解説!

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提供:FREEDOMS
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鵙屋まみ

 この血は、試合中凶器による攻撃を受けて流れた、正真正銘、本物の血です。この写真は私、鵙屋まみが今みなさまにどうしてもお伝えしたい「デスマッチ」と呼ばれるプロレスの試合の風景です。プロレスにはまり出した頃、血まみれで戦うデスマッチというジャンルのプロレスがあると知り、元々シリアルキラーオタク(推し殺人鬼はA・フィッシュ)だった私は「人が血を出す所を見てみたい」と思ったのです。そこでプロレスに詳しい友人に「デスマッチに行きたい」と相談したところ「初めて見るデスマッチはFREEDOMSのデスマッチにすべき」とアドバイスをもらいました。何事も、初めて接するものが粗悪なものだとあまり好きにはなれないですし、何より「初めて」は思い入れが強く残る。そこでFREEDOMSの試合に足を運んだのです。

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提供:FREEDOMS

 初めて見るデスマッチは、想像していたよりもリアルでした。頭にホチキスを射ち合い、竹串が顔面を貫通…その迫力に圧倒され、帰りにガラス片の散らかったリングサイドを歩いて出口まで向かうのがとても怖かったのを覚えています。しかし、先に述べたようにもともとシリアルキラーに興味を持ち、残虐な話が好物の私の嗜好にデスマッチはぴったりでした。では、デスマッチを行う選手は何故デスマッチを始めたのでしょうか。当然流血も伴い、想像もつかない痛い思いをするにもかかわらず、何故デスマッチファイターという職業を選んだのか。FREEDOMSの代表を務められており、自身もデスマッチファイターである佐々木貴選手にお話を伺いました。


■人間に不可能はないことを教えてくれる、デスマッチ

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佐々木貴氏/撮影鵙屋まみ

――まずデスマッチを始めたきっかけについて教えてください。

佐々木 私は2004年にプロレス団体「DDT」を辞めているんですけど、その後、色んな団体さんからありがたいことにオファーを頂く中で、次に行く団体全部でトップをとってやろうと思って。その中で大日本プロレスが熱心にオファーをくれて「じゃあ、ここでトップを獲るにはどうしたらいいかな」と思った時に、「デスマッチをやるしかここでトップを獲ることはできないな」と思って。しかもそんなタイミングで、アパッチプロレス軍のトップだった金村キンタローから「お前デスマッチやってみぃひんか」というお誘いがあって。「デスマッチやらなきゃ大日本プロレスでトップに立てないな」と気づいた時と、その誘いを受けた時が見事に一致したので、それでこれはやるしかねえなと、決心しました。

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提供:FREEDOMS

――では、実際にデスマッチをやると日程が決まったときはどんな心境でしたか。

佐々木 有刺鉄線ってどのくらい痛いんだろう。蛍光灯の中に突っ込んだら自分ってどうなっちゃうんだろう。その時で30歳くらいだったんですけど、その時まだ経験したことのないことを、突然、公衆の面前で味わうわけなんで。それに対する恐怖がなかったといえば嘘ですね。ただ、不思議なことに自分のテーマ曲が鳴ってお客さんの前に出た瞬間その恐怖心が一気にどっかにぶっ飛んだんです。なんか変な高揚感、ハイテンションというか、「やったるぜ」みたいな気持ちがすごくあったと思います。

 デスマッチに参加した人数って結構な数いるんですけど、そのままデスマッチの世界にどっぷり足を突っ込む人間と、そのままシレッとなにもかったようにフェードアウトする人間と綺麗に二つに分かれるんですよね。痛い思いをして、蛍光灯突っ込まれたり殴られたりして、出血して、そうなった時にグワーっと燃えて「来たな蛍光灯、まだまだこんなもんじゃないぞ俺は! もっときてくれよ」「もっと盛り上がってみろよお前ら」って、テンションがガーッと上がっていく人間と、自分の血を見て「俺もう無理、俺こういう試合できないわ」ってシュンとなってしまう人間と綺麗に二通りに分かれると思うんです。僕はたまたま前者だった。

コメント

1:匿名2018年6月 5日 18:10 | 返信

なんとか屋まみちゃん可愛い!

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