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【日本奇習紀行シリーズ】 西日本

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イメージ画像:「Thinkstock」より

「隣の芝は青く見える」とは言い得て妙、人間というものは、どんなに満たされた人生を送っていたとしても、時として“よそのもの”が良く見えてしまうという、なんとも欲深い生き物である。しかし、こうした人間の飽くなき欲望というものは、その大義名分さえ整えば、実に造作なく“決壊”し、自分自身を含む多くの人々にとっての、“平穏無事な毎日”でさえも、いとも容易く飲み込んでしまうものだ。


「まあ、普通に考えればね。普通に考えれば、だけども……」


 自身が長らく暮らしていた西日本の“とある地域”に、かつて当たり前のこととして存在していたという、なんとも奇妙な風習について、ゆっくりと重い口を開きはじめたのは、当地で長らく農業を営んできたという、川中善一さん(仮名・84)。川中さんの話によると、日本全体が“焼け跡からの復興”を目指していた昭和20年代初頭まで、当地の人々は“他人妻の味”を確かめるためだけの風習に、躍起になっていたのだという。


「そもそもね、あのあたりじゃ、大昔から、“夜這い”の風習があったっていう話なんだけどさ。それがだんだん少しずつだけども、形を変えていって、元号が昭和に入る頃には、公然とね、“他所の家のカミさんを味見する”っていうね、意味のわからん風習になってしまっていたんだよな」


 川中さん自身が語るように、古くから“夜這い”の習慣があったという当地域。それ自体、当初は「未婚の男女が交わる習慣だったらしい」(川中さん)が、それが時代を下るにつれて少しずつ変化し、川中さんが大人になる頃には、「人妻の“味見”をする習慣になっていた」(同)のだという。


「これは寺の行事とも重なる日なんだけれども、毎月ね、“2”のつく日になるとね、真夜中の日付をまたぐ頃に、寺の鐘がね、ボーンって1つ鳴るのよ。するとね、その鐘が合図になって、村の男たちはさ、目当ての奥さんがいる家を一心不乱に目指すの。“そういうの”が大丈夫な家はね、必ず、軒先にね、大根を3本ばかし吊るしてあってね、男たちはそれを目印に行くわけなんだけどさ、その家にね、一番最初に乗り込んだ人間がね、その家の奥さんをね、抱いて良いという風習だったのよ」

コメント

1:匿名2018年6月18日 20:50 | 返信

作り話くさい。

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