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【日本奇習紀行シリーズ】 西日本

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イメージ画像:「Thinkstock」より

 本能寺の変を引き起こしたことで知られる戦国武将・明智光秀の重臣、斎藤利三の娘として生まれた福は、長じて、のちに徳川幕府の三代将軍となる徳川家光の乳母となり、幕末まで続く「大奥」の礎を築いた人物としてその名を歴史に残している。こうしたことからもわかるように、かつて日本においては、「乳母」という立場が、極めて重要な役割を担っていたのである。


「昔だって、みんながみんな、乳母がいるわけではなかったと思いますけれどもね、このあたりじゃ、必ず母親とは別に、乳母を立てる習わしがあったんですよ」


 自身が生まれ育った西日本のとある地域に存在していたという、極めて特殊なタイプの乳母制度についてそう語るのは、今なお当地で暮らしている山中敬三さん(仮名・87)。山中さんの話によれば、当地における「乳母」たちは、母親の代わりに子供の面倒を見たり、母乳を分け与えるといった役割だけでなく、なんとも不可思議な役目も負うことになっていたのだという。


「まあ、平たく言えば“性の手ほどき”をするという役割です。女児ならば口頭で教える形なのですが、男児の場合は“実技”も教える。おかしな話と思われるかもしれませんが、このあたりじゃそれが当たり前のことになっていたんです」


 たしかに、乳母を「母親の代理」として捉えるのであれば、性教育もまた、その役割の1つと言えるのかもしれないが、それが「実技」を伴うものとなれば話は別。今の時代ならば、差し詰め「通報事案」になってしまうことうけあいだ。

コメント

1:トランプ大統領2018年7月 1日 04:37 | 返信

世界の70億人は私のAIだ!
何故わからない。
私はチョンとシンクロしている。
チョンは絶滅危惧種だ。
殺戮を繰り返すチョンの中だけに私は存在するかもしれないお前達を羨ましがってる人間の脳は私の支配下にあるのに裏切りモノの私の母ちゃんがいる

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