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画像は、『はらいそ』、『サラヴァ! 』(キングレコード)『COCHIN MOON (コチンの月)』キングレコード、『千のナイフ』(日本コロムビア)、『YELLOW MAGIC ORCHESTRA』(Epic Europe)

サエキ:1978年は運命的な年で、予言のように順番にアルバムが出て行く。まず4月に細野晴臣 &イエロー・マジック・バンドの『はらいそ』。6月に高橋幸宏さんの『サラヴァ! 』9月に細野晴臣&横尾忠則の『コチンの月」(COCHIN MOON)』、10月に坂本龍一さんの『千のナイフ』、そして11月にそれらを統合したかのように、3人によるYMOの『YELLOW MAGIC ORCHESTRA』が出る。見事な順序で新世紀のテクノポップへと集約していくんです。

 それに並行する形で細野さんの宇宙、精神世界的な情報も増えていったんですね。インド体験の話なども踏まえて、細野さんの心の拡がりを追うと、ファンとしては高揚の仕方が全然違ってきます。

:ロズウェル事件(1947年に起こったとされる最も有名なUFO事件の1つ)はそもそも細野さんが生まれた年に起こっているんですよね。事件が7月4日で、数日後に細野さんが生まれているので、細野さんがそのUFOから出てきたっていう漫画を本秀康さんが描いていました。

サエキ:ハハハハハ!そ れは面白すぎる。ロズウェル事件に関しては、当時、核戦争も憂慮された米とソ連の冷戦に対する、民衆のストレスから出てきているとも言われています。それと同時に古き良きアメリカが、再開発によって壊されていき、街並みが現在の近代化されたアメリカに変わる時期ともいえます。ようするに、米国民全般に大きな不安があったと思います。世の中が大きく変化してくる感じと、不穏なUFOが出てくる印象は、すごくリンクしているんです。

 今から考えてみると、このYMOが生まれた1978年も転換期だったといえますね。今のようなデジタル時代の始まりだったのかもしれない。TVゲームのスペース・インベーダーも出てきたし、銀行のキャッシュカード普及とか、家庭用ビデオで録画ができるようになるとか、カセットによる留守番電話ができるとかもちろんウォークマンも。だいたい70年代末です。そこにYMOもリンクしたんですね。それらの機器は今から考えると超アナログなんですけど、それまでの旧態依然とした生活からの転換としてはとんでもない飛躍があったんですよ。

:あと、細野さんは「アナログ・シンセサイザーはスプーン曲げみたいに精神が音に影響することがある。デジタル・シンセサイザーにはそれがない」って言っていました。やっぱりアナログ・シンセサイザーというのも重要なんじゃないですかね。

サエキ:その通りです。シンセの祖先といえばテルミンですが、まさに魔術のように精神性を体現する楽器。で、アナログ・シンセもすごく身体や環境に影響されやすい。でもデジタルは決まりきった音を録音したように鳴らすだけ。後にデジタルに代わっていくものが、まだまだ性質としてはアナログだったんです。そのアナログ・デジタルみたいな装置がみな超能力と感応しやすい状態にあったのかもしれません。ですからYMOに限らず、あの時期のニュー・ウェーブって異様な力がある。

:やっぱり今ハルメンズ(1979~1982年に活動していたサエキが属するニュー・ウェーブバンド)を聴いても古くならないですからね。あと、『スター・ウォーズ』『未知との遭遇』が日本で公開されたのも1978年ですね。ピンク・レディーの『UFO』が出たのも前年の1977年です。ここは重要ですね。

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サエキ:まだまだ粗い目で作られたブロック崩しゲームやインベーダーのようなTVゲームは、大衆に「ドット」という概念を知らしめたと思うんですよ。絵がデジタルなドットという単位でできているイメージは、世の中にものすごく大きい影響力を持った。子供でもドットによる世界観を理解した。それが未来図だった。今日のデジタル・イメージの始まりですね。

:YMOの曲の中でもインベーダーゲームの音が使われていましたよね。

サエキ:その頃は細野さんだけではなく、はっぴいえんどの大瀧詠一さんも、TVゲームにすごくはまっていて、ミュージシャンはみんなやっていたんです。そんなデジタル的なアイテムが世の中にドカンってくる感じとUFOがリンクしていたんです。それが「逃避」的ではないっていうところがポイントで、あくまでもエネルギーの源泉としてUFOも絡んでいる感じ。細野さんも好きなスピルバーグの「未知との遭遇」(77)が象徴的ですね。前向きなパワーに満ちていた。UFOというとインチキとか、そうした見方を変えてほしいんですよ。UFO体験を語るとバカにされるじゃないですか。嫌な現実から逃げている人みたいに。

 いまだにユリ・ゲラーにしても、インチキっぽく言われちゃう。でもスプーンだけでなく、ペンチでも曲げられない「鍵」をも曲げてしまう人が、日本でも沢山出てきた。僕は確かに見ています。パワーとしてのリアリティがそこにはあります。UFOや超能力の話の中には、明らかに客観性のある場合があるんですね。

:やっぱりYMOとUFOは切っても切り離せないですね。

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画像は、『Solid State Survivor』(MUSIC ON CD)

サエキ:1977~8年にそうした体験が顕在化するという話ですから、パンク、ニュー・ウェーブとも完全に同じ時期で。テクノやコンピュータ、シンセサイザーによって若者の新しいエネルギーがそれまでのロックとかフォークというカテゴリーではないものになっていくわけです。UFOや超能力がそれを裏で下支えしていた感じはしますね。

:YMOが1979年に出した『SOLID STATE SURVIVOR』は世界的に大ヒットして、その後の音楽業界にも大きな影響を与えています。そのレコーディングのときに、綺麗な顔をした3人の西洋人が見学していたらしいんです。あとで確認したら、誰もそんな人は知り合いにいない、って言っていたらしくて。僕はこれ、未来人だったんじゃないかなと思っているんです。僕も、もしもタイムマシンがあったらどこに行きたいかというと、やっぱり当時のYMOのレコーディング風景を見に行ってみたいって思いますからね。未来ではそういうツアーみたいなのがあるんじゃないでしょうか。
(文=ラリー遠田)

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●笹公人
現代歌人協会理事、大正大学客員准教授、文化学院講師、NHK学園講師、日本文藝家協会会員。2004年に未来年間賞を受賞。『念力家族』(インフォバーン)、『念力図鑑』(幻冬舎)、『抒情の奇妙な冒険』(早川書房)、『笹公人の念力短歌トレーニング』(扶桑社)他多数出版。2015年より、NHKEテレにて連続ドラマ「念力家族」が放送。テクノポップユニット「宇宙ヤング」で音楽活動も行っている。

●サエキけんぞう
幅広い活動を行なうマルチ・ミュージシャン。ハメルンズの活動を経て、80年代初頭に窪田晴男らとパール兄弟を結成、ソロでも精力的に活動を展開。特異なキャラクターと豊富な音楽知識で80年代の邦楽シーンにおいて異彩を放った。作詞家として、モーニング娘。の「愛の種」ほか、多数の作詞を手がけているほか、音楽評論、エッセイスト、プロデューサーとしても幅広く活躍、立教大学、獨協大学などで講師もつとめる。『歯科医のロック』『ヌードなオニオン』(河出書房新社)、『ロックとメディア社会』(新泉社)、『ロックの闘い 1965?1985』(シンコーミュージック)他多数出版。

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