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【日本奇習紀行シリーズ】 西日本

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画像は「Thinkstock」より引用

 いつの時代も、多くの若いカップルにとって、ある種の「憧れ」であり、1つの「ゴール」として位置づけられている感のある「結婚」という儀式。しかし、これまでも多くの事例をご紹介してきたように、かつての日本では、この「結婚」にまつわる“試練”が、思いのほか、数多く存在していたのである。


「さすがにこの歳になっちゃ、どうってこともないんですけどね、そりゃあ私も若い頃に結婚したときには、それはもう、憂鬱で憂鬱で……“その日”が来る直前になると、もう毎晩眠れないほどでしたよ」


 自身がその若き日に結婚した際、近隣の人々によって行われたという“ある試練”についてそう振り返るのは、西日本のとある地域で生まれ育ち、現在もなお、当地で暮らしているという塚原義美さん(仮名・80)。塚原さんによると、彼が結婚した1950年代初頭、当地においては、にわかに信じ難い儀式が、“結婚前の試練”として、新郎新婦に課せられていたのだという。


「結婚が決まりますとね、その10日ほど前に、新婦だけが村の世話役のところに呼ばれるんです。要はそこで、性の手ほどきを受けるっていう……ええ、相手は大抵、村で力のある家の主人なんですが、私もそうでしたけれども、自分が嫁にもらう女がですよ、初夜よりも前に、よその男に抱かれるなんて、考えたくもないでしょう? けど、それがあの村に昔から伝わる風習でしてね。誰も逆らうことなんてできやしなかったんです」

コメント

3:匿名2018年8月 8日 16:07 | 返信

中世ヨーロッパの初夜権もそうだけど、こういう記事だと、キモデブ因業ジジイと清楚で可憐で美しい嫁を想定しがちだが、絶対その逆も多いだろう。超イケメン領主と、とりあえずDNA上はホモ・サピエンスの雌みたいなケース。当時の農奴は生活が貧し過ぎて、20代でも40〜50代にしか見えなかったそうだし。この場合、領主に拒否権が認められていたのだろうか? それとも掟だからと奉仕を強いられたのだろうか? だとしたら、極貧農の娘にとって一生に一度の晴れの嫁ぎの儀(裕福な家に嫁ぐ真似事)の意味もあったのではないか
女として生まれたからには、一生に一度でいいからジャニーズに抱かれたい、みたいな。一回だけ夢を叶えてあげるから、残りの人生は極貧農嫁で我慢してね、みたいな


2:匿名2018年8月 5日 15:12 | 返信

この人の記事はこんなのばっか。その内日本全国が記事になるね。アホらし

1:匿名2018年8月 5日 08:39 | 返信

なんで未開のド田舎ってこんな鬼畜な風習があったんだろうな
いまだにヤリ続けている未開部落もあるらしいし
日本人の民度なんて結局そんなもんか

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